TOSHI-LOWとILL-BOSSTINOが語る、レベルミュージックの本質と音楽の可能性

音楽も人生も精神性だと思う(TOSHI-LOW)

-これは少し違う話かもしれないけど、たとえばBlack Lives Matterのような、今始まったわけではない人間の大きな課題も、それぞれにとっての帰る場所を想ったり、自分の半径数メートルに置き換えたりすることから改善されていくと思いますか。

BOSS:俺はそう信じてるよ。それが最終的に人種間の問題や政治家の問題にまで届くだけの時間が俺ら世代に残されてるとは限らない。この世の中の構造上の腐敗や不条理はそんな簡単なもんじゃない。「CLUSTER BLASTER」で最終的に「お前次第だぞ」って委ねてるのも、そこに起因してる気がする。自分の人生に残された時間と世の中がよくなるための時間を考えたら、間違いなく世の中がよくなるまでの時間のほうが膨大だから。それはコロナやBlack Lives Matterに限った話じゃなく、原発の問題だってまさにそうだよね。だからこそ、より強く「自分の手の届く範囲だけでもよくしたい」って思うのかもしれない。……まあ、そういう問題の根源にあるものを全部一発でひっくり返せるとしたら暴力なんだけどね。いきなりかち込んで、諸悪の根源をぶっ殺してしまうのが手っ取り早いのは言うまでもない。ただ、それでは新しい争いが生まれるだけってことはもうわかりきってるよね。それに俺らがやってるのは音楽だから。暴力が社会の変革においてリアリティを持つことは考えられない。

TOSHI-LOW:じゃあ、それはSLANGにやってもらおうかな。

-TOSHI-LOWさん、それは苦笑いしかできないです。

TOSHI-LOW:はははははは。冗談はさておき、やっぱり音楽も人生も精神性だと思うの。卑怯な手を使ってでも生き抜きたい、みたいな気持ちを精神性と呼ぶつもりはなくて、なりたい自分に手を伸ばす純粋な理想を精神性と呼びたいんだよ。手が届かないとしても真っ直ぐに生きてみたいっていう気持ちは、時代によって揺れるものじゃない。時代によって変えるべきなのは、目指す理想までの歩き方だけだと思うんだよね。

-そうですね。

TOSHI-LOW:たとえば学校でいじめられたとしたら、その人にとって学校しか社会がないと考えるから苦しくなってしまう。でも本当は、そこから逃げてもいいし抜け出してもいい。あの校舎が学校なんじゃなくて、本当は「人が集まって一緒に勉強する社会」っていう概念が学校なわけだよね。ってことは、ただの刷り込まれたイメージじゃん。観念や概念の中で生きることなんて本当は必要ないんだよ。逃げることも抜け出すことも、悪いことじゃない。それよりも怖いのは、立ち上がれなくなることだから。逃げたって、また立ち上がって歩ければ大丈夫なんだよ。

BOSS:俺らの生きてる国を見てみても、退却する勇気がないんだなって思うことばっかりだけどね。死ななきゃわかんないくらいのバカげたことばかり。それこそオリンピックと国民の生活を天秤にかけるようなこと、本当にするんだ?っていう。こっちは負けることなんて怖くないし、謝ればきっと皆が許してくれんのに。失敗すること、やり直すこと、謝ることを恐れてる。そしてそれを糾弾したくてたまんない人たちも大勢いるというね。

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