リー・カースレイク死去、オジー・オズボーンらが思い出を振り返る

リー・カースレイク(Photo by Redferns)

長きに渡って、ユーライア・ヒープのドラマーを務めたリー・カースレイクが、米現地時間2020年9月19日、73歳で死去した。

リー・カースレイクは、ランディー・ローズとともにオジー・オズボーンのソロアルバムに参加。第1作『ブリザード・オブ・オズ』、第2作『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』のドラムも演奏していたが、『ブリザード・オブ・オズ』の発表から40周年の前日に前立腺がんで亡くなった。カースレイクの訃報を受けて、英バンドのユーライア・ヒープの旧メンバーであるケン・ヘンズレーは声明を発表。「55年間もの間、私の友人であり続け、一緒に演奏した中で最も素晴らしいドラマーだった。私の心の最も深い部分で通じ合っていたリー・カースレイクが今朝3時半、癌との闘いを終え亡くなった。安らかに、主を称え、死んでいったが、あまりにも惜しい」と、コメントした。

また、ユーライア・ヒープのギタリストであるミック・ボックスは、Facebookにて「リーはこの世で最も優しい奴だった。ブラザーは凄まじいドラマーで、シンガーで、ソングライターだった。これ以上ないほど情熱的な生涯を過ごし、ファンたちだけでなく、関わってきた全ての人に愛されていた」と、コメントした。

ゴッズやヘッド・マシーンなどのイギリスのバンドに関わった後、カースレイクは1971年の後半にユーライア・ヒープに、1972年に発表された『Demons and Wizards』からレコーディングに参加するようになった。カースレイクは1978年のアルバム『Fallen Angel』でバンドが休止状態に入るまで、計8枚のスタジオアルバムの収録を行なった。その直後、彼はブラック・サバスから解雇されたばかりのオジー・オズボーンにスカウトされ、ランディ・ローズやベーシストのボブ・デイズリーらとともに新たなバンドを結成した。

オジー・オズボーンは、ローリング・ストーン誌の選ぶ最も偉大なヘヴィ・メタルアルバムトップ100で9位の『ブリザード・オブ・オズ』40周年記念インタビューで「リー・カースレイクを捕まえたのは、文字通りスタジオに入った瞬間だった。その時は、本当に心からお互い楽しんだよ。コカインと酒でめちゃくちゃになった。ランディは違ったけどね。ランディは薬をやらない。タバコだけだし、あんまり酒も飲まないんだ」と、語っていた。

Translated by Kohei Ebina

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