ボン・ジョヴィ、オジー、エアロに愛されたロック写真家が語る思い出の一枚

エアロスミスの現場を出禁になった理由とは?

●スティーヴン・タイラー(1985年)
【画像】マーク・ワイスが撮った伝説の写真たち(ギャラリー13点)
Photo by Mark Weiss/Courtesy of Insight Editions

この写真を最後に、俺は以降10年間スティーヴン・タイラーを撮影できなくなった。俺がエアロスミスを撮り始めたのはジョー・ペリーが抜けた後で、俺はソロに転向した彼の写真も撮ってた。バンドは一時の勢いを失ってたから、多少接しやすくなってたね。雑誌で俺の写真を見てコンタクトしてきた彼らは、当時露出する機会を増やそうと躍起になってた。俺はその点で多少力になれたから、互いにいい関係を築くことができた。

1984年にジョーがバンドに復帰した後、俺は彼らのショーを何度も撮影した。バンドは『ダン・ウィズ・ミラーズ』をリリースし、ティム・コリンズを新たなマネージャーとして雇った。ティムの役割のひとつは、過去にバンドと付き合いのあった人間をことごとく排除することだった。バンドの側近や取り巻き、それに俺のようなフォトグラファーのことだよ。マネージメント側は、そういう存在がバンドに悪影響を及ぼしてるって考えてたんだ。ティムがバンドの過去を精算し、再び軌道に乗せることに成功したことは確かだよ。でも公私問わず付き合いのある人間を排除するなんて、俺には理解できなかった。もし誰かがバンドに悪影響を与えてたんだとしたら、俺もその影響を受けてたはずさ。当時の俺はまだ子供だったからね。彼らと一緒にドラッグをやったことはあるけど、俺がそれを持ち込んだことは一度もない。

(アリゾナ州チャンドラーのCompton Terraceで行われたショーで)彼らはスコーピオンズの前座を務めることになってた。当時エアロスミスはカムバックを果たそうとしてたんだ。俺はフォトグラファー用のパスを申請したけど、どういうわけかマネージメント側から返事がなかったから、結局スコーピオンズ側に対応してもらった。会場でティムを探したんだけど、どうも避けられてる様子だったから、俺はスティーヴンに話しかけた。「お前が来るって知らなかったよ。ショーの写真を撮るのか?」って言う彼に、俺はスコーピオンズを撮るんだって答えた。すると彼が写真を撮ってくれって言うから、俺たちはバックステージで撮影を始めた。そこにティムがやってきたから、俺はスティーヴンに頼まれたことを伝えた上で、パスを出してくれないかって頼んだ。すると彼は「心配するな、どうせ必要ない」って言って俺を睨んできた。俺たちが撮影を始めると、3分もしないうちに巨漢の男2人がやって来て、俺はそこからつまみ出された。

後になってわかったんだけど、その男たちは会場で俺を見かけたらつまみ出すように指示されてたらしい。彼らはわざわざ俺の写真を貼り出して、俺がバンドの控え室に立ち入れないようにした。それから10年間、ティムがバンドのマネージャーをクビになるまでの間、俺は彼らに一切近づけなかった。奴がいなくなった途端に、また一緒に仕事をするようになったけどね。そういう経緯があるから、この写真には思い入れがあるんだ。

Translated by Masaaki Yoshida

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