Nothing's Carved In Stoneが語る、この時期だから大切にしたい「根本的なこと」

フェスがなかった夏

―アルバムのリリースとともに、2020年の夏が終わろうとしていますが、フェスがない夏はどうでしたか?

生形:正直なところ、俺は不思議と、「うわぁフェスがない、最悪だわ」とはなっていないかもしれない。むしろ、いつまでこのフェスブームが続くのかなと思ったりしてましたし。フェスって、俺らは、ありがたいことに呼んでもらえるけど、選ぶようにはしています。そのフェスに意味があるのかないのか。

村松:「THE SOLAR BUDOKAN」とかね。

生形:「THE SOLAR BUDOKAN」もそうだし、そういう意味があるフェスが残っていくんじゃないかなと思います。どうしたって、金のことを考えて始まったフェスは、なくなっちゃうんじゃないかなという気もするし。それが悪いというわけではなく、もっと先に何か信念みたいなものがないと、そういうフェスは残っていかないんじゃないかなという気がします。

―たっきゅんはどうですか?

村松:フェスって要はショーケースじゃないですか。そこに自分らで並んでいく、その覚悟みたいなものも常に俺たちは試されている側なんですよね。だから呼んでもらった以上は腹くくって一番いいライブしてやるぜっていうテンションで行くんですけど、どこに音楽を響かせていくんだろうっていう、考えなくてもいいことを考えるようになってきたんですよ。で、自然と『このフェスってなんでやってるんだろう』とも考えるようになってきました。だから『THE SOLAR BUDOKAN』っていうのがあって、めちゃくちゃわかりやすかったし、ライジングとかフジロックとか固有名詞をあげたらキリがないですけど、本当に中身のあるフェスに出たいなと思うようになってきましたね。ただ、音楽がある意味ってひとつじゃないと思うんですよ。ロックバンドが存在している理由って、やっている本人たちにはあるけど、それだけではないと思う。意味があろうがなかろうが、バンドマンが集まって、沢山のオーディエンスが集まって、みんな最高な気分になれましたって、俺は素晴らしいことだと思うので。その中で、自分たちがどこに意味を見出すかは、俺らは大切にしていたいとは思っています。

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