社会現象級の大ヒット、ノーラン監督の超大作『TENET テネット』に世界が熱狂する理由

目もくらむような見せ場のオンパレード

ノーランの遊び心は『TENET テネット』にたっぷりユーモアを盛り込み、ストーリーの難解さをカバーしている――そうした難解な部分のひとつが物理現象だ。科学の知識をおさらいしておかないと、理論上の反転現象を理解できないだろう。ここでは物体や人間がエントロピーを逆行させて、周りが前へ進むのをよそに、自分は後ろ向きに進むことができるのだ。ビルとテッドが公衆電話ボックスに乗り込み、モーツァルトやジミ・ヘンドリックスとつるんだのとはわけが違う。未来が現在に放つ警告だ。ワシントン演じる007にとってQのような存在のクレメンス・ポエジー演じる科学者は、頭で理解することは過大評価されていると説く。「心で感じなさい」と彼女は促す。言うは易し。「裏で操る男を信じろ」とアドバイスするほうがよっぽどいい。なにせ監督は作品の中に「来たる戦争の残骸」やらなにやらをたっぷり詰め込んで、後から何度も見直して初めて謎が解けるのだから。


ジョン・デヴィッド・ワシントンとロバート・パティンソン)

(ほぼ)ネタばれなしであらすじを説明するとこうだ。映画のタイトル「TENET」とは、アルマゲドンよりも「最悪な何か」から世界を救うために結成された闇の組織のこと。主人公はニール(茶目っ気たっぷりのロバート・パティンソン)と組んで、ロシアの新興貴族アンドレイ・セイター(劇中フルネームで登場する珍しい人物)を捕えようとする。底なしの権力欲を持つトランプとプーチンを足して2で割ったような人物を、ケネス・ブラナーは面白おかしく大仰に演じている。我らがヒーローは神を気取るこの男を見つけ出し、行く手を阻もうとしてトラブルに見舞われるが、ここで人気急上昇中のワシントン(『ブラック・クランズマン』『ballers / ボーラーズ』)の魅力が存分に発揮される(スーツに注目!)。元アメフトのランニングバックだった彼は、アクションスタントや接近戦で天性の見事な運動能力を披露し、登場人物と観客を心の絆で結ぶ。主人公が目的に向かって奔走する中、映画自体は目もくらむような見せ場のオンパレードと化していく。

だが、その見せ場たるや! 映画の序盤、主人公が回廊で殴り合うシーン(『インセプション』を彷彿とさせる)は、時間が前後に同時進行するなかで、力と力が激しくぶつかり合う。彼とニールは厳重に警護された謎の女性プリア(インドの至宝ディンプル・カパディア)からセイターの情報を得るべくムンバイを訪れるのだが、それだけで終わらない。2人は彼女が身を隠している高層建築の壁を、逆バンジーで登っていくのだ。スタントコーディネーターのジョージ・コトルと、可能な限りブルースクリーンやCGIを使わずに鬼気迫る現実を創意に富んだ想像力の饗宴へ変えようというノーラン監督のこだわりは実にお見事。アマルフィ海岸での双胴船レースから、クライマックスでの高速道路でのカーチェイス、格納庫に激突する(そして激突から復活する)ボーイング747に至るまで、『TENET テネット』の映像はどこをとっても見ごたえ十分だ。

Translated by Akiko Kato

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