音楽を突き詰めたマイルス・デイヴィス、家族だけに見せた「親」としての素顔

遺族としての視点から見たマイルスの素顔

―一方で、甥・息子の視点から、マイルスはどんな人物でしたか?

エリン:偶然なんだけど、私の義父は日本人なんだ。ヤスオと言って、川崎に住んでいる。子供の私に野球のボールの投げ方を教えてくれたのは彼だった。野球、フットボール、自転車……そういうことすべて。でもマイルスと一緒に暮らし始めたら、彼との関係はそれとはまるで違ってた。父と息子ではあるけれど、仕事場では「パパ、パパ」みたいになるわけには行かなかった。バンドの一員の時も、クルーとして働いていた時も、雇われている従業員という感覚だった。それを私も望んでいたしね。それでもやっぱり、私のことは特別に扱ってくれたから(笑)。

―父親としてはどう見ていましたか?

エリン:例えば、シェリルやグレゴリーやマイルス4世など他の子供とは、ちょっと違う経験だったと思う。彼らが子供から大人へ育った時期は、父はマイルス・デイヴィスという大スターになって行く時期だった。でも私が会った時には、すでに彼は大スターのマイルス・デイヴィスだった。その意味で、マイルスは私と、そして私のために、いろいろなことをしてくれたんだ。他の子供たちにはできなかったことを。だからと言って火の起こし方を教えてくれたとかそういうんじゃないよ。ボクシングは教えてくれたね。家にボクシングの一式があったんだ。ピアノも教えてもらった。AKAIの4トラックのテープマシーンがあって、それでマイルスがデモテープを作るのを手伝ったりもした。あのAKAI、今も持っていたかったよ。そんな風に、普通に他のミュージシャン仲間とやるようなことを、私ともしてくれたんだ。ヴィンスほどではなかったかもしれないが。自宅の4トラックのデモ制作でも、私を信用してやらせてくれたことが嬉しかった。それが父と息子としての一番大切な思い出だ。ボクシング以上にね。

―ヴィンスはどうですか? 甥と叔父の関係はどうでした?

ヴィンス:バンドの中で身内贔屓はなかったよ。プレイできるか、彼の要求に応えられるか、それだけだった。息子、甥、いとこ、兄弟……ではなく、音楽が一番だった。でもバンドを離れたら、それはまた違う話だ。特に、バンドで彼の欲しい演奏をしたあとにはね! でもエリンも言っていたように、どんな時も私たちのためにそこに居てくれた。それは一般の人たちには見せなかった顔だ。エリンと3人で一緒にボクシングや他のスポーツを観たり、叔父は私たちのためによく料理をしてくれたんだけど、食べ終わった後の大量の食器の後片付けは、いつも私とエリンがやらされた……。

エリン:(笑)。

ヴィンス:一緒に絵を描くための道具を買いに行ったりもした。そんな叔父としてのマイルスが大好きだったし、会えないのが本当に寂しい。同時に、バンドではミュージシャンとしてのスーパーヒーロー、マイルスがいた。私やエリンはあくまでもミュージシャンとして、要求に応えなければならなかったんだ。身内だったからじゃない。でも、愛はどちらの側からもあった。つまり、叔父として、エリンには父親としての彼からの愛、それとバンドリーダーとして、僕らサイドマンに注いでくれる愛。その両方があったよ。


Courtesy of Eagle Rock Entertainment

―日本のマイルス・ファンへのメッセージをお願いします。

エリン:映画のプロモーションのための来日が叶わなくなったのは、とても残念だよ。とても行きたかったんだ。日本のファンのことは心からリスペクトしているし、たくさんの愛を感謝してる。僕は1990年に行ったのが最後だが、今も日本での素晴らしい思い出はたくさん残っているよ。またなるべく早く行きたいね。

ヴィンス:日本のファンはいつも僕の心にいる。1983年、まだバンドに加入する前に、叔父に付いて日本に行った。マイルスとギル・エヴァンスでのコンサートの時だ。その次に行ったのは、バンドの一員としてだった。85年と86年だ。数年前には自分のバンドで、ビルボードライブで演奏した。『マイルス・デイヴィス 空白の5年間』のプロモーションでも日本に行ったよ。エリンも私もスタンリーもまた行けることを本当に楽しみにしていたんだ。スタンリーを日本のクールな場所に連れて行ってあげる予定だったのに。日本の皆さんのホスピタリティを私もエリンもよく知っているからね。日本のことを考えるだけで心が温かくなるよ。今回行けなくて本当に残念だ。

※7月29日、Zoomにて取材。通訳:丸山京子

●『マイルス・デイヴィス クールの誕生』監督が語る、「帝王」の人間像とBLMとの繋がり





『マイルス・デイヴィス クールの誕生』
監督:スタンリー・ネルソン
出演:マイルス・デイヴィス、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ジミー・コブ、マーカス・ミラー、マイク・スターン、カルロス・サンタナ、ジュリエット・グレコ etc.
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT 協力:トリプルアップ
日本語字幕:落合寿和 2019年/米/115分
2020年9月4日(金)、アップリンク渋谷・吉祥寺ほか全国順次ロードショー
日本公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/miles-davis-movie/

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