酷評されているディズニー実写版『ムーラン』映画評:主人公の奥深さを十分にとらえていない

Disney+で2020年9月4日から配信中のディズニー実写版『ムーラン』(Photo by Disney+)

世界的に物議を醸しているディズニー実写版『ムーラン』。中国の有名な伝説を実写化した本作は、ヒロインのキャラクターの魅力を十分に引き出せていない上に、劇中で語られるムーランの力のコンセプトは、『スター・ウォーズ』のフォースと酷似している。

待ち望まれたディズニーの実写版『ムーラン』は、さまざまなレジェンドに満ちている。当然ながら、その筆頭が伝説の戦士ファ・ムーラン(花木蘭)本人だ。父の身代わりとなり、男と偽って戦地へ赴くムーランは、6世紀の漢詩『木蘭詩』によって不朽の名声を得た、中国の民間伝承の主人公である。ムーランの物語は、清代の作家・褚人獲(ちょじんかく)の17世紀の小説『隋唐演義』によって新たな命を吹き込まれた。それ以来、ムーランを称える歴史的な考証、ディズニー以外の数々の映画、戯曲、詩が次から次へと生まれ、ついには金星のクレーター名にもなった。

だが、筆者の記憶のなかの伝説はいまも生き続けている。ムーランのレジェンドとは、超一流キャストのことである。その筆頭が太極拳の師範、アクションコレオグラファー、そしてアクション映画のアイコン的存在であるドニー・イェン。ドニー・イェンといえば、カンフー映画『イップ・マン』シリーズの主人公を演じた中国の俳優だ。さらには、皇帝役のジェット・リー(劇中でリーの面影はほぼゼロ)と、魔女シェンニャン役のコン・リー(中国が生んだもっとも偉大で有名な現代の女優)が見事に魔法の要素を添えている。武侠映画(訳注:中国の伝統あるアクション映画のジャンル)のレジェンド、チェン・ペイペイも忘れてはいけない。アメリカの映画ファンには『グリーン・デスティニー』(2000)のジェイド・フォックス役としてお馴染みだが、ペイペイ主演の代表作といえば、武侠映画の名作『大酔侠』(1966)だ。それに加え、ムーランの父ファ・ズー役のツィ・マーと母ファ・リー役のロザリンド・チャオも手腕を発揮している。多くの共演者がそうであるように、マーは『ラッシュアワー』(1998)、チャオは『ジョイ・ラック・クラブ』(1993)といった作品に出演し、アメリカのメジャー映画進出を果たして久しい。

活躍レベルに差はあるものの、彼らはアメリカと中国の両方で素晴らしいキャリアを築いたスターであり、抜け目ないディズニーはそれを利用しようとしたのか、このそうそうたる顔ぶれこそが新生『ムーラン』のもっとも印象的な点かもしれない。ニュージーランド出身のニキ・カーロ監督による、リウ・イーフェイ(今後はイーフェイもアメリカと中国の両方で活躍する俳優になれるかもしれない)主演の『ムーラン』は、おおむね無難な仕上がりだ。同作は退屈なアクションシーンに満ちており、脚本は過剰なほど簡略化されている。さらには、好奇心をそそる宮廷内の争いと危険な魔術によって映画そのものが台無しになっており、こうした要素さえもがさして共感を誘わない映画のメインテーマを語るため、多かれ少なかれ、脇へそらされている。さまざまなバージョンの民間伝承にもあるように、ムーランの物語はポテンシャルに満ちたパンドラの箱だ。そこには戦争があれば親への忠義心があり、高潔な策略、男性らしさの定義の逆転、そして当然ながら、男装という英雄的な要素もある。伝説が伝えるように、ムーランが十年以上にわたってマッチョ男たちのあいだで男として生きてきたことを忘れてはならない。そんなこと想像できるだろうか? 男として毎日を生きることがどれだけ大変だったか考えてみたい。それは恐ろしくもあり、勇敢でもある。おまけに、自分を偽って生きるなんて。映画にふさわしいテーマがここにあるのだ。

しかしながら、私たちが目にする『ムーラン』には、はっきり言って高揚感がなく、ムーランという特別なキャラクターが十分に掘り下げられていない。その代わり、伝説的存在としてのムーランのステータスにあやかろうとする市場の思惑に満ちている。ムーランはアイコンであり、それ以上でもそれ以下でもない。同作の脚本は、ムーランというキャラクターの奥深さを十分にとらえていないのだ。冒頭のシーンでは、逃げ回るニワトリを追いかける幼いムーランが登場する。ニワトリは逃げる途中で村中をめちゃくちゃにしてしまい、ムーランの家族は評判を落とす。それは、本来なら女性にふさわしくない力をムーランが余りあるほど持っているからだ。そんなとき、「息子は戦い、娘(すなわちムーラン)は結婚によって家に名誉をもたらす」というムーランの父のセリフが物語のテーマを大まかに描き出す。ムーランはお見合いをするが、結果は失敗(それでも、観客はムーランが美しい女性であることに気づく)。そこに北方の柔然族の戦士たちがシルクロードを占領しようと帝国に攻め入り、「すべての家からひとりずつ男子を徴兵せよ」という命令が皇帝から下される。かつては英雄と称えられた元戦士のムーランの父は、生きては帰れない戦いに臨む覚悟を決める。

Translated by Shoko Natori

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