『マイルス・デイヴィス クールの誕生』監督が語る、「帝王」の人間像とBLMとの繋がり

マイルス・デイヴィス(Photo by Jack Vartoogian/Getty Images)

ドキュメンタリー映画『マイルス・デイヴィス クールの誕生』が2020年9月4日(金)より全国劇場にて順次公開される。米ローリングストーン誌も「ジャズ界のレジェンドの波乱万丈な個人史と、形勢を一変させた彼の音楽の革新性が、2時間に見事にまとめあげられている」と賛辞を寄せた本作はどのように作られたのか。この映画を通じて再発見されるマイルスの素顔と歴史的功績とは。スタンリー・ネルソン監督がエピソードの数々を明かしてくれた。



『マイルス・デイヴィス クールの誕生』では、レアなアーカイヴ映像・音源・写真に加え、アーティストや家族・友人など、マイルスと密接に関わった人々との対話を通じて、トランペットの影に隠された奇才の素顔に迫る。


―あなたとマイルス・デイヴィスの音楽との出会いを教えてください。

ネルソン:両親共に大のジャズ・ファンだったので、家の中にマイルスのレコードがあって、子供の頃から彼の音楽には触れてきた。大学進学で家を出る時、父親のコレクションから『カインド・オブ・ブルー』を無断で持って行ったんだよ。そんなだったから、物心ついた頃から、マイルスの音楽を聴いてきたと言えるね。

―あなたはこれまで数々のドキュメンタリー映画を監督されてきましたが、マイルス・デイヴィスを題材にしようと思ったきっかけはなんでしょうか?

ネルソン:音楽、その中でもジャズ・ファンとしては、ジャズを題材にした映画を撮りたい、とずっと思っていた。マイルスの映画を作ろうと思い始めたのは15年前くらいだったと思う。アメリカのTV番組「American Masters」と組み、マイルス・デイヴィス・エステートに打診したところ、彼らはやることに同意してくれた。ところが数年ほどプロジェクトが頓挫してしまい、3年前にまた再始動してようやく完成したんだ。


スタンリー・ネルソン監督。代表作にブラックパンサー党の物語を追ったエミー賞受賞作『The Black Panthers: Vanguard of the Revolution』、人種隔離バスへの抵抗運動の歴史を描いた『Freedom Riders』、アメリカの黒人大学の歴史に迫った『Tell Them We Are Rising』など。

―音楽の映画を撮りたいとずっと思っていたとおっしゃいましたが、その中でもなぜマイルスだったのでしょう?

ネルソン:私のようなジャズ・ファンからすれば、マイルスみたいな存在は他にいないし、彼以上の存在もいない。もちろん、ジョン・コルトレーン、デューク・エリントン、ルイ・アームストロングなど、マイルスと肩を並べられる人たちはいるかもしれないがね。でもマイルスのすごいのは、キャラクターとしてとても魅力的だったことだ。彼にはプラスαの部分がすごくあるんだ。音楽だけでもすごいのに、音楽を超えた何かがある。そこがすごいのだと思う。ストーリーとしてすごい、と。映画を作り始めて気づいたんだ。これは単にマイルスのストーリーというだけではなく、20世紀後半におけるアフリカ系アメリカ人のストーリーなんだ、とね。

―作品中では、マイルスはヒーローとしてだけでなく、ドラッグや妻へのDVなどマイルスの人間の弱さも描かれています。この作品を通してあなたが描きたかった人間マイルス像とは? オーディエンスにどうマイルスを感じてもらいたかったのですか?

ネルソン:「こういうマイルスを感じて欲しい」という、特定のマイルス像があったわけではないんだ。そうではなく、とても複雑なキャラクターとしての彼の姿を描きたかった。その結果、生まれた音楽もとても複雑だったと。それがまさにマイルスだったわけで、そういうストーリーを語りたかった。そのあとは、観る人それぞれの受け止め方だと思う。映画を観終えてどう感じるか……それは観客次第だ。こういう人間マイルスを描きたかった、ということはないけど、ひとつ思ったのは、あれほど複雑な音楽を作るには、あれくらい複雑な人間じゃなきゃダメなのかな、ということだ。

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