Disney+追加料金で『ムーラン』独占配信 「サブスク」ビジネスの新しい挑戦

リリース前の調査によって劇場公開を飛ばしてダイレクトに動画配信サービスで公開しても採算が取れるという結論に至ったのか? という質問に対し、チャペック氏は「私から言えるのは、『プレミアアクセス料金』によって私たちが当初のビジネスで見込んでいた収益が得られるだけでなく、Disney+への新規加入を促すうえで、極めて重要な起爆剤になるということだけです」と応じた。

要するに、今回の価格実験が引き起こすかもしれない失敗の損害は、長期にわたってディズニーの収入源となるDisney+の新規会員を引き込むことでかなり少なくなるとチャペック氏は考えているのだ(Disney+にまだ加入していない人は、最初の1週間は無料で同サービスを楽しめることを踏まえると、チャペック氏の発言はそこまで横柄に聞こえない。となると、『ムーラン』のリリースは、それ自体がDisney+の無料トライアルの大々的なマーケティングでもあるのだ)。

ここで少しだけ、筆者の自慢話にお付き合いいただきたい。今年の4月に筆者は、Disney+と音楽業界のストリーミング戦略を比較した本誌のコラムで、こうなることを予測していた。当時のコラムでは、ディズニーが所有するスポーツ配信プラットフォームESPN+に加入した総合格闘技UFCファン向けに同社が高額のPPVコンテンツを追加で発表したことに触れた。その際、筆者は同社がDisney+においても価格面で似た動きを見せた場合、音楽業界は「音楽ストリーミングサービスの月額サプスクリプション料金より高額な[独自の]価格帯の設定を前向きに検討するかもしれない。その結果、消費者はいまだかつてないほど大量の新作に独占的にアクセスできるようになる」という考えを示した。

だが、その答えはいまだに「ノー」である。

たしかに、コンテンツの配給者であると同時にコンテンツの制作者であるという点においてディズニーはいかなる大手音楽会社とも異なる。Disney+の会員がすでに6000万人を超えているのに対し、音楽業界はいまだにストリーミングサービスに代表される配給者と、レーベルやアーティストに代表される制作者のあいだに壁がある。先日ユニバーサルミュージック・グループ(以下、ユニバーサル)がテンセント・ミュージックの中国のプラットフォームに特別な楽曲提供を行うと合意したのは音楽業界にとっては朗報で、この業界の新たな実験的な動きを示唆している。

だが、自社の一流メディアに対する絶対的な自信と個人消費の限界に挑戦したいというディズニーの強い意志は、現代の音楽業界の画一的なアプローチとは対照的である。

たとえば、現在の音楽ストリーミング界に君臨しているSpotifyとApple Musicという2大配給元を見てみよう。

SpotifyとApple Musicは、月額の会員料に追加料金を上乗せするというディズニー方式を近いうちに採用するだろうか? 答えはイエスだ。筆者が自信を持って断言する背景には、最近の2つの出来事がある。その1)Spotifyはオーディオブック部門のトップとなる人材を募集する一方、ポッドキャストへの投資額を増やしている。その2)Apple Musicは、Music、News、TVといった複数のサブスクリプション・サービスがセットになった定額パッケージ「Apple One」の準備を進めている。

だが、ユーザーからもっとキャッシュを絞り出そうとする両社の計画は、両社が提供する主要コンテンツ(音楽など)のなかでももっとも話題の作品にプレミアムな価値を上乗せする「ディズニー流」とは明らかに異なる。ディズニーと異なり、両社は主要コンテンツを「土台」としたうえで多種多彩なサービスを提供しようとしているにすぎない——たとえば、Spotifyは音楽、ポッドキャスト、オーディオブックを提供し、Appleは音楽、ニュース、テレビを宣伝するように。「音楽とプラスアルファ」という多彩なコンテンツのラインナップによってはじめて全部込みのバンドル・サブスクリプションという高額な料金が請求できるのだ。

次は、音楽コンテンツ界に君臨する3大レコード会社に目を向けてみよう。そのなかでも最大手のユニバーサルは、2023年までの新規株式公開(IPO)を計画しており、グローバル会員がもたらす収益とサービスを頻繁に利用する顧客に対する「生涯会員バリュー」は、投資家にとって重要なポイントとなる。

その一方、NASDAQに上場したワーナー・ミュージック・グループは、米証券取引委員会(SEC)に提出したIPO申請書のなかで成人の12パーセントが「新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに、音楽ストリーミングにより多く支払うことが予測される」という調査報告を引用している。さらに同社は「音楽ストリーミングが消費者にもたらす価値提案は、プレミアム商品に関するイニシアチブを支持するものだと考えている」と言い添えた。

・Apple Musicが「ラジオ」にこだわり続ける理由

Translated by Shoko Natori

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