1999年生まれの安斉かれんが語るJ-POPとロックンロール

安斉かれん(Photo by Kentaro Kambe)



吹奏楽部時代に味わった挫折

ー吹奏楽部でのサックスの経験やそこから得た考え方や捉え方みたいなのって、今の安斉さんのアーティストの姿勢に影響を与えていると思いますか?

安斉:はい。歌=曲というわけではないし、歌の後ろにある音を聴いたりとか、ここでこういうメロディが入ってくるんだとか、いろんなところを聴きながら音楽の構造を考えたりするんですけど、それは吹奏楽をやっていたことが関係していると思います。あと、吹奏楽もそうでしたけど、皆で一つの音楽を作るのが好きなんです。一人でカラオケで歌うよりもバンドで歌う方が好きですし。

ーサックスに目覚めたのはストーンズがきっかけだったわけですけど、吹奏楽ではなくてバンド活動には興味なかったんですか?

安斉:もちろんありました! 小学生のときから仲良かった友達が中学生になってギターやベースを弾いたりしていたので、「バンド組まない?」って話になって、地元のタワレコに行って「こういうバンドになりたいね!」って話していました。当時はBUMP OF CHICKENさんとかをたくさん聴いてて、「バンドやるなら私はドラムがいい!」って言ってたなー(笑)。

ーヴォーカルではないんですね(笑)。「僕らは強くなれる。」に話を戻しますが、安斉さんが手がけた歌詞には、ご自身が吹奏楽部時代に味わった挫折や悔しい出来事が反映されているそうですが、それってどういうものだったんですか。

安斉:私、喘息持ちで中2の夏休みか冬休みにドクターストップがかかってしまったんですよ……。それがめちゃくちゃ悔しくて。みんなは毎日練習してるわけじゃないですか。本来なら部活動に専念できる時期なのに私は何もできない。ドクターストップが明けてからは毎日誰よりも早く学校に行って練習して、絶対に(みんなを)抜かす!と思ってやっていました。私、サックスになると本当に負けず嫌いで。同学年に私の他にもうひとりアルトサックスの子がいて。男の子だったんですけど、彼はずっとアルトサックスを習ってたんです。だから「絶対に負けたくない!」と思って必死に練習しました。

ー今回、作曲は五十嵐充さんがやられていて。五十嵐さんは僕ら世代だとEvery Little Thingのメンバーだった方で、その後もたくさんヒット曲を書いたプロデューサーでもあります。

安斉:五十嵐さんは普段は気さくに話しかけて下さるんですけど、制作になると五十嵐さんの世界がしっかりあって、いつも凄いなと思って勉強させていただいています。

ーさっき「皆で一つの音楽を作るのが好き」って話してくれましたけど、作曲にもそういう一面がありますよね。

安斉:私も作曲すごくやりたいなと思っているんですけど、まだまだ知識も足りない状態なので、これから勉強して自分も参加していきたいです。

スタッフ:でもバンドアレンジのときは「ブラス入れてみよう」とか言ってたよね?

安斉:そうですね! 意見は言います。

ー一流の方たちと一緒に曲作りできるだけでも凄いことですよ。

安斉:本当に勉強になります。


Photo by Kentaro Kambe

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