2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて|2020上半期ベスト5

2017年のコーチェラ、ケンドリック・ラマーのステージ終演後に映されたのは「結束」の2文字だった。(Photo by Kei Wakabayashi)

2020年上半期(1月~6月)、Rolling Stone Japanで反響の大きかった記事ベスト5を発表。この記事は「洋楽部門」第3位。「2010年代は歴史上で最も大きく変化した時代」という声もあるが、その感覚はどれほど日本に伝わっていただろうか? この10年間における社会とポップカルチャーの変容を確かめるべく、テクノロジー・ビジネス・音楽・出版など世界の最前線に触れてきた編集者、若林恵(黒鳥社/WIRED日本版前編集長)に様々なアングルから振り返ってもらった。(初公開日:2020年1月2日)

※この記事は2019年12月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.09』に掲載されたコラムを改題し、加筆修正を加えたものです。


裏切りのインターネット

アメリカに文化施設専門のコンサルティング会社「La Placa Cohen」というのがありまして、それが「Culture Track」という定量調査をが3年ごとに行ってるんです。その2017年のレポートには、2014年からの3年の間に「カルチャー・ランドスケープが決定的に変わった」と書いてあるんです。実際、世界的にも「2016年」あたりに深い断層があるということはよく言われてるんですが、この年に何があったかというと、簡単に言えばトランプ当選とブレグジットです。

2016年はソーシャル・メディアが普及しだしてちょうど10年目くらいのタイミングでして、それが出てきた最初の頃は、「旧来のマスメディアが伝えてこなかった声が伝わるようになる。そのことで世の中が決定的に変わるんだ」という希望的観測があって、実際に「アラブの春」のような民主化運動が起きたりしました。そうした流れのなかで、Twitterの創業年の2006年にTIME誌は「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に「あなた(You)」、つまりは「市民のみなさん」を選んだわけです。「権威よりも創発」といったような言い方で、権力者の指示ではなくインターネットを駆使した集合知によって社会が動くようになるんだという希望が持たれたわけですね。

2010年末からの「アラブの春」、翌年の「Occupy」(ウォール街を占拠せよ)など、SNSを発端とする市民の抗議運動も起きたたことで、個人がエンパワーメントされてグローバル企業や政治家などのエスタブリッシュメントが新しい勢力によって打ち倒されることを多くの人が夢見たわけです。日本でも震災のときにTwitterが大いに役立ったこともあって、新しい社会が来るんじゃないかといううっすらとした萌芽を感じることもあったと思うんです。そうした流れは目に見えるインパクトは減ったかもしれませんけど、確実に「#MeToo」のような運動にまでつながってはいるので、その夢が完全に潰えたかと言えばそんなこともないんですね。

ただし、その10年間の間には、まったく別のことが同時進行で起きていて、それは、自分たちの希望のよすがであるところの新しいツールを提供してきた企業がやたらと肥大化して、かつてのエスタブリッシュメントのポジションにまんまとおさまっていったことです。俗に「GAFA」と呼ばれるITジャイアントたちが、かつての権力以上のスーパーパワーになってしまいました。表向きには「個人がエンパワーメントされていく」と喧伝されていた一方で、その声が大きくなればなるほどGoogleやFacebookといった企業が大きくなっていき、彼らがあるときからユーザーデータを広告ビジネスに利用しはじめるようになったあたりから「あれ? 利用されてるだけじゃない?」みたいな感覚が徐々に出てくることになります。


“ドナルド・トランプの大統領選勝利宣言【全文掲載】”より(Photo by Chip Somodevilla/Getty Images)


“米大統領選に関するFacebookのロビー活動や献金疑惑をNYタイムズが報道”より(Photo by JOSH EDELSON/AFP/Getty Images)

エドワード・スノーデンがNSAによる国民監視の実態を暴いたのが2013年ですから、その頃から、インターネットは諸刃の剣であることを市民も強く認識しはじめるようになっていきます。そして、2016年にトランプが大統領になったことで、インターネットやSNSが、ポピュリズムを加速させる強力な装置になりうることも明らかになり、特にアメリカではテック業界に対する逆風がものすごく強くなっていきます。で、トランプ当選の直後にケンブリッジ・アナリティカによる個人データ不正収集とその活用によって、大統領選とブレグジットの投票が操作された疑惑が出てきて、一時は新しい民主主義の実現を促すツールと思われたものが、民主主義に危機をもたらすものとして一気に認識されるようになったんですね。

ケンブリッジ・アナリティカの事件と前後して、EUでは個人データの取り扱いをめぐって「GDPR」(一般データ保護規則)という法律が施行されたのは象徴的な出来事で、その辺りでインターネットとデジタルテクノロジーについての見通しが、大きく転回することとなります。「ワールドワイドウェブ」(www)を考案したティム・バーナーズ・リーのような人ですら、その時期「インターネットは失敗に終わった」と語っていたほどです。

とはいえ、一度そっちに向けて作動しちゃったものをご破算にして一からやり直しというわけにも行きませんし、実際みんなの手にスマホが行き渡った世界は、良くも悪くもこれまでとは違うものにはなっていて、SNS登場当初に謳われた「市民のエンパワーメント」といった流れは、例えばアメリカの人種問題についていえば「ブラック・ライブズ・マター」のような運動から「#MeToo」のようなムーヴメント、さらには香港のデモにいたるまでを後押しし続けてはいるわけです。


一巡して、また振り出しに

これまで社会の非主流だと思われていた人たちの声が大きくなって、徐々にその主張が社会制度のなかにまで組み込まれていくようになると、今度はそれまで主流を構成していた人たちの肩身がどんどん狭くなっていくということも起きていきました。これまで大威張りで生きてきたおじさんたちが、やれパワハラだ、やれセクハラだ、やれコンプライアンスだ、やれポリコレだと謗られて身動きが取れなくなっていくと、その抑圧に対する跳ねっ返りとして良かった過去に逃げ込んで開き直るというようなことも起きてしまいます。その結果、市民同士の間でどんどん分断が進んでいくわけです。

そうした事態のコインの裏表のような格好でGAFAのような巨大プラットフォーマーの専横がますます深まっていきますので、市民のなかの分断をどう取り扱うのかという難題と並行して、その分断を進行させるドライバーにもなっているプラットフォーマーをどうガバナンスしていくのかという難題が国家的課題として前景化してきます。どこもかしこもこれには非常に頭を悩ませているわけです。

アメリカですら民主党のエリザベス・ウォーレンなんかは巨大プラットフォーマーは「分割すべし」とかなり強硬に主張していますよね。また、2019年には、10年代のテックイノベーションの旗振り役だったMITメディアラボが性犯罪者兼億万長者のジェフリー・エプスタインからの献金を隠蔽していた問題で大炎上して伊藤穰一所長が辞任に追い込まれるなんてこともありましたし、WeWorkやUberが槍玉にあがったりもして、いわゆるテック礼賛的な流れはだいぶ後退したように思うんです。

スタートアップ経済がどんどんマネーゲーム化していき、それを主導してきた人びとが「1%」の側になっていくにつれて「なんだお前らも結局そっち側か」と、だんだん冷ややかになっていった感じはありますね。ちなみに、退任したMITメディアラボの伊藤穰一さんが、テックイノベーションにおいて、「これからは倫理が重要になる」といったことを言い出すのが2015〜16年のことだったと記憶してますが、倫理の重要性を謳いながら幼児性愛犯から資金提供を受けていたら、まあ、さすがにまずいですよね。いずれにせよ2016年を境にしてテックバブルが一巡して、もとのところに戻ってきたという感じはあるわけです。この10年でスマホもSNSも、ほぼ全世界的にデフォルトの環境になった。さあ、これからどうするんだっけというところですね。

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