殺されたセックス・セラピスト、ハリウッドの光と影に翻弄された人生|2020上半期ベスト5

生前のエイミー・ハーウィックさん(Photo by Robert Coshland)



ロサンゼルスは「自分を変える場所」

そして何より、彼女はハリウッドでは珍しく、他人を慮る思いやり深い人物だった。「彼女は、人と心を通わせる天性の素質をセラピーで発揮していました。だからこそ有能なセラピストと呼ばれるようになったんです」と、コシュランド氏は言う。

だからだろう、彼女の死から数週間、親しい知人らはメディアの報道を見て愕然とした。ハーウィックさんの生涯や業績ではなく、コシュランド氏の言葉を借りれば「セレブリティとの親密な関係」ばかりが取り沙汰されたからだ――とくに騒がれたのが、ハーウィックさんの元婚約者で『ザ・プライス・イズ・ライト』の人気司会者ドリュー・キャリーさんとの関係だ。「メディアが有名人の元恋人にばかり注目するのがとても腹立たしかった」と、2年間ハーウィックさんのもとで治療を受けていたモデルのエミリー・シアーズ氏は言う。「彼女はただ、自分の仕事に一生懸命なだけだったのに」


2017年、婚約中だったドリュー・キャリー氏とエイミー・ハーウィックさん(Photo by Michael Bezjian/WireImage/Getty Images)

ハーウィックさんはペンシルベニア州ランズデール生まれ。ペニー・ハーウィック、トム・ハーウィック夫妻に養女として引き取られた。家族はとても仲が良く、ハーウィックさんも何度となく、家族行事であるクッキー・パーティのために毎年必ず帰省するの、と話していた。高校の時は、地元のショッピングモールにあるプレッツェル店Wet Seal and Bavarian Pretzelでアルバイトし、マリリン・マンソンや(友人によると、のちに短期間交際していたらしい)デペッシュ・モードといったアーティストに熱をあげた。「ゴス系の子やロッカー仲間とよく遊んでいたわ。みんなで悪いことばっかりしてたわ」と、2011年にモデル時代の動画で語っている。「自分探しをしていたのね」 やがてメタルバンドのミュージシャンと恋に落ちた彼女は、若くして結婚。2001年にロサンゼルスへ引っ越した。

いかにもLAらしい流れで、ハーウィックさんは自己改造の権化と化した。高校時代の写真に写る彼女は、ブラウンのマットな口紅に、こんもり逆立てたブロンドの前髪、黒のアイライナー。だがカリフォルニアに移った後の彼女は、ある友人の証言によれば、Juicy Coutureのスウェットに日焼けスプレーを塗っていた。のちにレッドカーペットの写真で見るような、グラマラスなヴィンテージ風の美意識はみじんも感じられない。だが、エイミーには他の人間に欠けているエネルギーや強さがあった。彼女の友人で、メタルバンドBad Wolvesのヴォーカル、トミー・ヴェクスト氏もこう言う。「みんな職を求めてというよりは、自分を変えたくてLAにやって来る。他の誰かの振りをしているうちに、それが身についていくんだ」とヴェクスト氏。「エイミーは他の誰とも違っていたよ」

ハーウィックさんはまずパーソナルトレーナーとしてキャリアをスタートした。『Fit to Rock』というエクササイズDVDをリリースし、次にエイミー・ニコル名義でモデルを始めた。墨黒の髪と乳白色の肌は、2000年代中盤に話題を集めていたスーサイドガールズのイメージにどんピシャだった。ディタ・ヴォン・ティーズの生き写しのような容貌も功を奏した。実際、2人は偶然同じ公演に参加して一緒にツアーしたこともある(友人いわく、お互い冷たい態度をとっていたそうだが)。彼女は人脈作りに長けていて、ごく親しい人間しか知らないようなツテをたどって、一流セレブの電話番号をゲットした。「彼女は誰かのファンになると、『あの人と知り合いになってみせる』と言ってました。そして電話番号を入手して、実際その通りになるんです」とコシュランド氏は言う。高校時代に彼女はデヴィッド・リンチを敬愛していたが、それが高じて『ツイン・ピークス』のローラ・パーマーの家の所有者、メアリー・リーバー氏と親しくなった。

Translated by Akiko Kato

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