ジャクソン5からBSB、KAT-TUN、BTSまで 「ボーイズバンド」史上最高の名曲75選

左からバックストリート・ボーイズ、イン・シンク、ジャクソン5(Photo by Tim Roney/Getty Images, Bob Berg/Getty Images, Michael Ochs rchives/Getty Images)


10位 LFO「Summer Girls」(1999年)

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LFO、またの名をLyte Funkie Ones(軽くてファンキーな奴ら)。爆発的ヒットとなった「Summer Girls」は、ボーイズバンド史上最大のまぐれ当たりのひとつだ。アダム・サンドラーがポップのヒット曲をパロッたかのようなこの曲は、意味をなさないフレーズの山をAbercrombie & Fitchで無理やりつなぎ合わせたかのようだ。「『Summer Girls』は単に、岬でのひと夏の経験を歌った曲なんだ」今は亡きメンバーのリッチ・クローニンは2005年、曲が生まれたいきさつについてこう語っている。「仲間内のジョークだったんだ。まさか、親しい友人以外の人も耳にすることになるなんて思いもしなかったよ」おばかシングルがビルボードシングルチャートTOP10入りを果たしたおかげで、デビューアルバムも200万枚のセールスを記録。その後ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのような大量ヒットに恵まれることはなかったが、「Summer Girls」は今もボーイズバンド史上最大の珍事件のひとつに挙げられている。




9位 ハンソン「キラメキ☆MMMBop」(原題:MMMBop 1997年)

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90年代中期から後期にかけてそこはかとなく漂っていたポスト・グランジの余韻は、オクラホマ州出身のブロンドの3人兄弟が1997年にリリースした「キラメキ☆MMMBop」でついに払拭された。彼らの音楽人生のスタートを飾り、ポップの新時代を呼び込んだアンセムソングは、イン・シンクやバックストリート・ボーイズの基盤を作った。至福に満ちたコーラスに騙されてはいけない。「キラメキ☆MMMBop」は「歳を取って、髪が抜け始める前に」可能なうちにチャンスをつかめ、という曲なのだ(前年にリリースされたスローテンポのオリジナルバージョンでは、このメッセージがたっぷり強調されている)。「僕もいまや三十路だよ」2018年、アイザック・ハンソンはこう語った。「今もこの曲には共感する。自分でも誇りに思うよ。この曲のおかげでこれだけ長い間、自分の好きなことをやっていられるんだから。僕らは一生少年のままだね」




8位 ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック「ユー・ゴット・イット(ライト・スタッフ)」(1988年)

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空気よりも軽いバブルガムソングは、ニュー・キッズの『ハンギン・タフ』からの2ndシングル。R&Bのスタイルを体現するジョーダン・ナイトの力量を存分に発揮した1曲だ。あまりにも音がスカスカなことを考えると、予想外のヒットだ――ベースとドラムがビートを刻み、シンセは必要最低限なところだけ。そこへたっぷり感じとエネルギーの波に乗って、ナイトの声がすべてを包み込む(ボストンの街を駆け巡るビデオの中で、彼が来ているバウハウスのTシャツもポイント)。だがこの曲は、学校の廊下に鳴り響くことになる「オ、オ、オーオーオー」の掛け声を加えたことで、昔も今も存在感を放っている。




7位 Aventura「Obsesion」(2002年)

Giuseppe Cacace/Getty Images

ソロとしてヤンキースタジアムの連日公演をソールドアウトする以前から、キング・オブ・バチャータことロメオ・サントスはAventuraというバンドでスタジアムコンサートを満員御礼にしていた。彼らの2枚目のアルバム『We Broke the Rules』は、10年後にサントスがソロでやったことと全く同じ。アメリカのR&Bの要素を、手加減することなくバチャータに盛り込んだ。Aventuraのシングル「Obsesion」は、次の世代を――デビューアルバムのタイトルも『Generation Next』だ――ラテンミュージックに駆り立てた。現在バンドとしては活動を休止し、サントスがマーケットを独占しているが、2014年にはヤンキースタジアムで再結成を果たしている。




6位 ワン・ダイレクション「ホワット・メイクス・ユー・ビューティフル」(2011年)

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2010年、サイモン・コーウェルは『Xファクター』ソロ部門のオーディションを受けた5人のティーンエイジャーたちから可能性を見出した。彼は5人を個別にオーディションに進ませる代わりに、新たなグループ、ワン・ダイレクションを結成することにした。関係者全員にとってこれがラッキーな決断だったことは、のちに証明された。5人組の最終順位は3位だったが、あまりの人気ゆえ、コーウェルが運営するSycoレーベルから契約オファーを受けた。その後1年余りで「ホワット・メイクス・ユー・ビューティフル」がリリースされ、バンドの音楽人生は大躍進で幕を開けることになる。ヒット間違いなしのポップソングは、正統派ボーイズバンドらしからぬポップロック・サウンドに、正統派ボーイズバンドらしさをちりばめた1曲だ。この曲と、海辺を舞台にしたビデオ――シングルがYouTubeで公式にリリースされる1カ月前に公開された――にすっかり魅了されたファンは、まだ見ぬシングルをラジオ局にリクエストした。非の打ちどころのない秀作なので、メンバーのハリー・スタイルズはバンド解散後の2017年、ソロアーティストとして初のツアーで、この曲をセットリストに加えるというボーイズバンド最大のタブーを犯してしまった。


Translated by Akiko Kato

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