ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察

「Scarlet」のリリックビデオを背景に鳥居が撮影したCD『Tago Mago』


ここで急に私が学生の頃の話になりますが、当時、ストーンズやザ・バンドを愛好する人とカンやノイ! を愛好をする人は微妙に棲み分けがあったように感じていました。私は1970年代のロックやソウル、ファンクなどを愛好するサークルに入っていたこともあり、個人のレベルでは厳密な棲み分けがあったとは言えないものの、いわゆる「オルタナ」に連なるような音楽をあまり聴かずにいました。

もちろん「私はどっちも聴くし、どっちも好き!」という人はたくさんいると思います。ただ、当時は外部に敵を設定して内部で友として結束するというようなところがあったので、なかなか乗り入れが難しかったのです。「大学のサークルあるある」みたいな話だと思いますが。

学生末期になぜか『Tago Mago』と『Ege Bamyasi』を買ってきて聴いてみたら、1970年代的なファンク的な要素が思いのほか強かったので大層驚いたのでした。主にドラムの話です。それと同時に、アメリカのファンクとは質感がまったく異なる「ハネない、揺れない、癖を出さない」というヤキのドラムがとてもクールに感じられました。

つまり、自分の中で対立していたものに共通点が発見されて、対立構造が融解すると同時に、それぞれの差異が輝き出したという話です。言葉にするとやや恥ずかしい感じですが、こういう経験をする度にリスナーとして非常に嬉しくなってしまいます。話がそれてしまいました。

今回、チャーリー(あるいはブルース・ローランド)とヤキのドラムを並べて聴いてみて、ヤキ、あるいはノイ! のクラウス・ディンガーが編み出したモータリック・ビート以降のパラダイムを生きていることを再確認しました。これは決してポピュラー音楽一般の話ではなく、日本においてロックバンドに従事する者としての感覚です。

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