関係者が今こそ明かす、ワン・ダイレクションが21世紀最大のボーイズバンドになった理由

2012年9月20日、ロンドンのRoundhouseのステージにて(Photo by Jo Hale/Redferns/Getty Images)


2作目で見せた1Dの成長、それを支えた製作陣

これを転機に、ワン・ダイレクションは今後制作面で自分たちも深く関わりたいという意思を明らかにした。コテチャも最初は不安だったと認めている。だがバンドの意志は固かった。作業の負担を減らすために、コテチャは2人の若い作曲家を呼び寄せていた。それがクリストファー・フォーゲルマークとアルビン・ネドラーで、2人もいくつかアイデアを携えてやってきた。そのうちのひとつが、印象に残る力強いバラード「ラスト・ファースト・キス」のコーラスだった。




「僕らが歌入れで忙しくしている間、手の空いた人間があの2人と一緒に曲を作って、後から僕らが手を加えようと考えたんです」とコテチャ。「驚いたことに、どの曲も素晴らしい出来でした」

またこの時ちょうど、作曲家のブネッタとライアンも仲間に加わった。バークリー音楽大学時代の学友だったブネッタとライアンはLAに拠点を移し、いくつか曲を出してはいた者の、自分たち名義でのヒット作はまだなかった。アメリカ版『Xファクター』の仕事を得たのがきっかけでSyco関係者と知り合い、『テイク・ミー・ホーム』の1曲を書いてみないか、と打診を受けた。「『ええ、ぜひとも』って言ったよ」とブネッタ。「『アルバムセールスが500万枚? ひゃあ、もちろんやります、ぜひ稼がせてください』ってね」

ブネッタとライアンは、『アップ・オール・ナイト』のうち2曲(「モア・ザン・ディス」「ストール・マイ・ハート」)手掛けた提供したジミー・スコットと「カモン・カモン」を共作――これでもかと積み上げたスピーカーの壁からダンスポップ街道を駆け抜ける、青春時代の恋を歌った鉄板ヒット曲だ。これがきっかけで2人はロンドンに招かれた。本人たちと顔を合わせるまでは、1D現象は「一時的な流行」だと考えていた、とブネッタも認めている。だが彼らの魅力は圧倒的だった。たちまち全員が意気投合した。

「ナイルは俺に尻を見せたんだぜ」 ブネッタは「ゼイ・ドント・ノウ・アバウト・アス」をレコーディングした日のことをこう振り返る。彼とライアンが『テイク・ミー・ホーム』で共同プロデュースした5曲のうちの1曲だ(このうち2曲はデラックスエディションに収録)。「最初の歌入れの時で、彼が歌って、1テイク目を録り終えた。僕はコンピュータの画面を見ながら『ここの歌詞をこんな風に歌えるかい?』と言って顔を上げたら、あいつ俺に向かって尻を出してた。『こいつ気に入ったぜ!』と思ったね」



『テイク・ミー・ホーム』がリリースされたのは11月9日。『アップ・オール・ナイト』リリース1周年の9日前だった。2012年も残すところ7週間だったにもかかわらず、このアルバムは全世界で440万枚を売り上げ、アデルの『21』、テイラー・スウィフトの「レッド」、自分たちのデビューアルバム『アップ・オール・ナイト』に次いで年間セールス第4位にランクインした(IFPI調べ)。ちなみに『アップ・オール・ナイト』はさらに売り上げを伸ばし、450万枚のセールスを記録した。

コテチャ、フォーク、ヤコブの楽曲がアルバムの要となった。「キス・ユー」「ハート・アタック」「リヴ・ホワイル・ウィアー・ヤング」といった純然たるポップロックで、ワン・ダイレクションは高揚感や覚束なさ、そして可能性といった10代らしさをたっぷり盛り込んだ。彼らの声も、徐々にそうした感情の細やかなニュアンスを歌い分けられるようになっていた。1Dが作曲に加わった楽曲(「ラスト・ファースト・キス」「バック・フォー・ユー」「サマー・ラヴ」)はアルバムの最高傑作に挙げられる。

「彼らはコツをつかむと、上手にこなしているのがわかりました」とコテチャはメンバーの作曲についてこう言った。「そうしていくうちに、これが彼らの本来の姿なんじゃないかという気がしてくるんです」

Translated by Akiko Kato

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