テイラー・スウィフト『フォークロア』を考察「殻を破り、悲痛さを露わにした最高傑作」

大人になったテイラーの揺るぎない自信

「Cardigan」「August」に登場する女の子たちの気まぐれな行動に振り回される17歳の少年が語り手となる「Betty」は、彼女が初めて男性の視点で歌った曲だ。スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を思わせる冒頭のハーモニカソロは、アルバム中で唯一彼女が高校時代に想いを馳せるこの曲に見事にフィットしている。「The Lakes」はレコードとCD、そしてカセット(!)だけに収録されるボーナストラックでありながら、特筆すべき内容となっている。同曲で彼女はウィリアム・ワーズワース(彼女が得意とする内省的な作詞の基盤を確立したと言っていいロマン派の詩人)の軌跡をたどるかのように、湖水地方のウィンダミアをさまよい歩く。



彼女は以前、今年のすべてを過去作の録り直しに費やすかもしれないと口にしていた。それとは対照的に、彼女は今作で得意とするトリックを一切用いていない。カントリーのタッチ、シンセポップのサウンド、初デートの思い出、旅行先でのエピソード、そして笑いなど、世界中のファンを虜にしてきた彼女のトレードマークは本作のどこにも見られない。名声に触れることもほとんどないが、「Invisible Thing」における「あなたがロサンゼルスへの初旅行で乗ったタクシーの中で流れていたのは『バッド・ブラッド』」「冷たさが私の揺るぎない主張だった/私の心を引き裂いた男たちへのメッセージ/今じゃ彼らの赤ちゃんにプレゼントを送ってる」というスマートなラインは見事としか言いようがない。

『ラヴァー』は彼女の20代最後のアルバムであり、『フォークロア』は彼女の30代の幕を開けるアルバムとなった。ナッシュビルサウンドからエレクトロディスコまで網羅した『ラヴァー』は、彼女の自伝的内容だったと言っていい。『フォークロア』がまるで異なるアプローチでありながらより親密に感じられるのは、そのサウンドが揺るぎない自信に満ちているからだ。本作から見えてくるのは、いつになくリラックスし、余裕を感じさせ、他人を味方につけようと躍起になることに興味をなくした大人の女性の姿だ。孤独や遠くにいる誰かへの切実な思いを歌い続けてきた彼女が、隔離生活のなかで自身の最大の魅力を引き出したことは少しも不思議ではない(「ラスト・キス」は夏の定番曲だが、「あなたが素敵な場所にいますように」というフレーズは、今の状況ではあまりに露骨に感じられてしまう)。『フォークロア』において、彼女は身近に感じられるキャラクターたちを思い描き、彼らに強く感情移入することで、自分自身の中にあるウィットや哀れみ、そして他者への共感をかつてなく深く掘り起こしてみせた。今作が証明するのは、アーティストとしての彼女が秘めたさらなる可能性だ。

●テイラー・スウィフト、近年もっとも核心に迫る胸中激白インタビュー




テイラー・スウィフト
『フォークロア』
2020年7月24日13時世界同時配信
試聴・購入:https://taylor.lnk.to/Folklore_Album

Translated by Masaaki Yoshida

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