「夏に収束」予想外れ 記録的な猛暑の米国で感染が増え続けているのはなぜか?

最もよく引用された論文のひとつに、スペイン国立自然科学博物館(マドリード)のスペイン研究評議会で研究教授を務めるミゲル・アラウジョと、フィンランドの地理学者ババク・ナイミによる『新型コロナウイルスの感染拡大と気候との関係に関する推論(The Spread of CoV-2 Likely Constrained by Climate)』がある。彼らは生態的ニッチや居住地の適合性に着目したモデルを使用して、ウイルスが感染拡大する地域に関する仮説を立てた。「感染拡大のパターンはランダムではなく、冬季に温暖で乾燥した地域の気象条件と密接な関係があった」と論文では書いている。「我々の研究の結果、新型コロナウイルスの発生は季節による気候パターンに左右される。概して同ウイルスは寒冷で乾燥した天候で感染拡大しやすく、極端に寒いか暑い気温や多湿な条件の下では、感染の勢いが衰える」と同論文は主張した。

カールソンは連名で、同論文の内容を批判する記事をネイチャー・エコロジー&エボリューション誌に投稿した。カールソンらは、同論文が採用した種の分布モデリングとして知られる科学的方法論は動植物が生息可能な生態的ニッチを対象としたものであり、人から人へと感染する新型コロナウイルスへ厳密に適用できるものではない、と主張した。

「論文で採用したモデルは例えば、この土は酸度が高すぎて炭疽菌の芽胞に向かないとか、気温が低いとヤブ蚊が媒介するデングウイルスやジカウイルスのようなフラビウイルスが抑制される、といった場合に適用できる」とカールトンは言う。しかし炭疽菌と土壌に関するモデルがそのまま、人から人へと感染するウイルスの経路や地域の予想に適用できる訳ではない。また別の言い方をすれば、氷点下でエイズの原因となるウイルスは死滅するから南極大陸で性行為をしても感染しない、という理屈は通らないということだ。「人から人への感染拡大が始まった時点で、ウイルスの生息に適さない環境など存在しなくなるのだ」とカールソンは指摘する。

しかしアラウジョによる分析に欠点があったからといって、必ずしも悪い科学だとは言えない(アラウジョにコメントを求めたが返事がない)。フロリダ大学の医学地理学者セイディ・ライアンは、科学が機能している証拠だと考える。「感染拡大が始まってから数ヶ月は、各科学者が自分の専門知識を活かそうと争っている状態だった。誰かがひとつの理論を出せば他の誰かが補足したり、或いは批判したりする。つまりひとつの理論を出して終わりではなく、そこから何かが始まるのだと思う」と彼女は言う。

明らかな疑問がある。米国ではトランプと彼の取り巻きが、あらゆる場面で新型コロナウイルスの感染拡大を政治利用してきた。良い科学であれば状況は違っただろうか? 或いは世界屈指のウイルス学者たちが昨年3月に大統領執務室へ押しかけて「夏になっても感染拡大は止まらない」と主張したところで、何かが変わっただろうか? もちろん変わることはない。「ホワイトハウスのやり口はよくわかっている」とホッテズは言う。「彼らは自分に都合の良いデータや理論だけを選び、新型コロナウイルスの惨状に対する一般市民の認識を最低限に抑え、自分たちのウイルス対策と成果を美化しようとしている」

状況が絶望的になるほど、攻撃もエスカレートする。ホワイトハウスの経済顧問を務めるピーター・ナヴァロは最近、USAトゥデイ紙に寄せた論説でアンソニー・ファウチ博士を激しく批判した。ホッテズは「ホワイトハウスによる科学を無視したあからさまなフェイクニュース・キャンペーンだ」と非難している。

科学の問題点は、政治だけでなく人間性とも相容れないことが多いことだ。トランプのような筋金入りの否定論者は別にしても、多くの人々が夏には感染拡大が収束するだろうと信じていたようだ。そうなって欲しいと皆が強く願っていたし、長い夏をじっと過ごすことなど誰も想像したくなかった。「誰でも希望に満ちた考えに執着するものだ」とライアンは言う。「そうなると、どのようなデータが出ていようが、理想的な考え方から離れられなくなってしまう」。

夏の雰囲気を楽しみたければ、外出時にマスクを着用すること。ただし、夏の暑さや日光が自分を守ってくれるなどという考えは捨てるべきだ。

・トム・ハンクス、コロナ感染から学んだこと「マスクは絶対につけるべき」

Translated by Smokva Tokyo

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