ミュージシャンも無関係ではない 自分の感情を商品化することの危険性

感情労働の質を高めるために深層演技をしすぎると、仕事や企業と個人の過度な同一化が起きてしまいます。また、深層演技がなく表層演技のみを多用すると、自分が他者を欺いているような心理になり、そのために自尊感情や職務の質の低下を生じてしまいます。いずれにせよ感情労働は心理的な負荷になりますので、注意しないとメンタル面に変調を来してしまいますし、本来の感情を押し隠したり、なにかになり切ろうとしたりする行為は、前回取り上げたアイデンティティの喪失にもつながる可能性があります。企業や社会の要請に応えるために自分の感情を商品化することに無自覚であることは、とても危険なことなのです。

また、こうした感情管理は男性も女性も行ないますが、特に女性は社会的な構造の問題から、感情労働をより強いられる傾向にあります。ホックシールドは、女性は様々な資源(特に経済的な面)に関して男性よりも不利な条件下に置かれているため、自分の感情からつくり出した資源を男性に贈り物として提供し、その見返りとして資源を獲得しなければならないこと、幼児期から家庭の中で学習させられ、攻撃性や怒りの感情を克服するよう求められること、従属的な立場に置かれているため、他人からの言われのない感情表出に対して無防備になりがちであること、性別間の権力格差の帰結として、性的魅力や美しさ、対人関係の技術等を防衛手段として従属に対処していること、などを指摘しています。これらは以前連載の第16回でとりあげた「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」とも関連します。例えば今回とりあげた社会学者のA.R.ホックシールドは女性ですが、読者の方には無意識に学者=男性というイメージを抱いていた人もいるのではないでしょうか?

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