スパイク・リー監督最新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』、いまの時代を捉えた歴史に名を残す名作

『ザ・ファイブ・ブラッズ』に出演したイザイア・ウィットロック・Jr、ノーム・ルイス、クラーク・ピータース、デルロイ・リンドー、ジョナサン・メジャース(写真左から)。 David Lee/Netflix

スパイク・リー監督の最新作映画『ザ・ファイブ・ブラッズ』は、先月のBLM運動が一番盛り上がりを見せたタイミングでNetflixで公開された。ローリングストーン誌の辛口映画評論家ピーター・トラヴァーズが、珍しく最高得点の5つ星をつけた本作は、まさに監督の最高傑作と言えるだろう。黒人の退役軍人たちがかつての戦地ベトナムを再訪するという戦争映画でありスリラー映画である『ザ・ファイブ・ブラッズ』は、現代の社会情勢にみごとにマッチしている。

※本記事には、ネタバレを含む箇所があります。

心に傷を負った4人の黒人退役軍人が戦死した仲間の遺骨を探すため——それが失われた過去の自分を掘り起こすことにもなる——トランプ政権時代のベトナムをふたたび訪れるという革新的な最新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』でスパイク・リーは映画監督としてのキャリアの新しいピークを迎えた。6月12日にNetflixで配信がはじまった同作は、現在の社会情勢とみごとに呼応する。だが、リー監督は同作のリリースとジョージ・フロイドさんの暴行死に端を発する抗議デモが重なるとは、夢にも思っていなかった。それでも、リー監督は黒人が負ってきた白人警官の膝に象徴される重圧を骨の髄まで理解している。監督の怒りが込められた『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)、『マルコムX』(1992)、『ブラック・クランズマン』(2018)といった作品がふたたび話題を呼んでいる理由は、そこにある。『ザ・ファイブ・ブラッズ』は、まさに手りゅう弾と呼ぶにふさわしい映画だ。でも、それだけではない。同作は監督個人の想いが詰まった奥深くも勢いに満ちた最高傑作でもある。これはまさに、“スパイク・リー・ジョイント”とスパイク・リー監督による歴史の講義だ。心して受講しようではないか。

リー監督は、映画の冒頭にいまの時代にうってつけのアーカイブ映像を持ってきた。そこには、ベトナム戦争への従軍を拒絶するボクサーのモハメド・アリの姿が映し出されている(当時アリは「あいつら(ベトコン)は俺をニガーと呼んだことはない。俺をリンチしたこともない。俺に向かって犬をけしかけるようなマネもしない」と報道陣たちに語った)。さらに黒人解放運動の指導者マルコムXは、「2000万人の黒人を集めて何の報酬もなしにアメリカのあらゆる戦争で戦わせ、すべての綿花を収穫させたこと」によって起こるべき事態について語る。公民権運動の指導者ボビー・シールは、自由という見果てぬ夢を約束されながら、南北戦争で戦った18万6000人の黒人兵や第2次世界大戦に招集された85万人の黒人兵という具体的なデータに言及している(シールは「我々は、呪われたベトナム戦争に従軍しなければならなかった。それなのに、いまだに何も与えられず、人種差別をする警官の暴力に甘んじなければならない」と発言)。差別撤廃を訴え続けた活動家の“クワメ・トゥーレ”ことストークリー・カーマイケルの「アメリカは黒人に宣戦布告した」という言葉が雷鳴のようにとどろく。

ベトナム戦争という負の遺産を徹底的に非難するリー監督にとって過去は映画のプロローグの役割を担っている。もっともなことだが、監督は白人のハリウッドが描く戦争に異を唱えているのだ。俳優ダニー・ビルソンと脚本家ポール・デ・メオがタッグを組み、『プラトーン』(1987)のオリバー・ストーン監督が指揮を取る予定だった白人兵が主人公の当初の脚本をもとに、リー監督はお馴染みのケヴィン・ウィルモットを共同脚本家に迎え、白人が洗脳したヒロイズムという神話を入念に取り除いた作品に仕上げた。同作は、ジョン・ウェインものとは一味も二味も違う4人の「ブラッズ(黒人のベトナム帰還兵が仲間を呼ぶときに使った言葉)」が任務遂行のため、ベトナムのホーチミンのホテルに集結するところからはじまる。彼らは陽気で勇敢だが、決定的な欠点を抱えている。デルロイ・リンドーのみごとな演技によって深みのある人物として描かれるポールは、なんとトランプ支持者で、ブラッズはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えるポールが「MAGA(メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン)」キャップをかぶる姿に心底うんざりしている。「何ももらえないのに疲れちまった」というポールのセリフにもあるように、同作は黒人の選挙権剥奪という歴史にも触れる。ポールはプライドが邪魔し、エディ(ノーム・ルイス)の善意を受け入れられない。エディはアメリカ車のディーラーのオーナーだが、実は倒産の危機に直面していることを隠している。それでも、オーティス(クラーク・ピータース)やメルヴィン(イザイア・ウィットロック・Jr)といったブラッズはまさに血縁のような強固な絆で結ばれているのだ。回想シーンで登場する神格化されたストーミン・ノーマン隊長を演じるのは、『ブラックパンサー』(2018)のチャドウィック・ボーズマンだ。ここで回想シーンについて補足しておこう。俳優たちは、『アイリッシュマン』(2019)のようにデジタル技術によって若返ってはいない。デジタル技術を使わないことでリー監督は、あえて彼らにつきまとう過去と現在の結びつきを浮き彫りにしようとしているのだ。

・フロイドさん暴行死、世界各国で連帯する抗議デモ(写真ギャラリー)

Translated by Shoko Natori

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE