星野源が語るソロデビューからの10年、時代と戦い続けてきた歩み

星野源(Photo by Masato Moriyama)


「好きなものを広げていく」
信念を貫くことで状況が変わった

ー常にカウンターにならざるを得ないし、アウトサイダーであるし、パンクとしてマジョリティに向き合うしかない……でも、それを結果的にポップに変えてきたわけですよね。

星野:うーん……変えたいと思ってました。1stアルバムを出した頃でいうと、当時はまだ四つ打ちロックが俄然人気があって。みんな「ドッチー、ドッチー」みたいな。本当にそれをカッコいいと思ってやってる人たちはいいと思うんですけど、やっぱり流行りが生まれると戦略的に音楽を作る人も増えるわけで。そういう音楽先行じゃないやり方をする人たちが、2000年代の半ばから2010年代半ばまでどんどん増えてきたような印象があるんですよね。当時はそれに対して「音楽そのものが置いていかれている」なんて憤ってましたね。

ーでも、事実として星野さんは、徐々にその状況を変えていったわけじゃないですか。音楽的に自分がよいと思うものを、執念とアイデアでど真ん中へと持っていった。

星野:確かに、『YELLOW DANCER』から徐々に状況が変わっていきましたよね。「ロックで、これをやっていれば売れます」みたいなのが、一時期なくなったなぁって。そういう音楽的な状況の変化はあったのかな。いろんなバックグラウンドを持つ音楽がチャートにランクインするようになって。でも、やっぱり今でもロックの要素がないものはヒットにつながりにくいなと感じるんです。結局、変わらないのかあっていう。

ー冒頭で、インディもメジャーも芸能史的なものも星野さんは変えてきたっていう話はしましたけど。こういうやり方で変革を起こしてきた人って、本当に星野さん以外いないんじゃないかと僕は思っていて。『ばかのうた』や『エピソード』における細野(晴臣)さんの再発見、アメリカーナやフォーク・ロック、エキゾチカやモンド・ミュージックの影響を受けたアレンジやサウンド、そして、荒井由実さんをはじめとした日本のシンガー・ソングライターの叙情的な世界……そういうものをああいうやり方でやっていた人っていなかったわけですよね。で、今の芳醇なインディ・シーンの隆盛を細かく見ていくと、SAKEROCKも含めたあの時期の作品の影響がすごく感じられますよね。例えば、最近だとcero折坂悠太さんや、そもそもホーン隊を入れたバンドがこれだけ一般的になったということや細野さんの影響を公言するような若いバンドが増えたというのも初期の星野さんの影響は強いんじゃないかなと思います。

星野:ああ、そうですね。

ー『Stranger』以降の音楽的な試みについては、例を引くでもなくリスナーが体感としてわかる大きな影響をシーンに与えていて。しかも、それは世界のポップカルチャーの動きとも連動していると。2016年にビヨンセが『Lemonade』で、ジェイムス・ブレイクとコラボレーションしたことが話題になりましたけど、彼の出自であるクラブ・ミュージックのように、決してメジャーではない音楽とポップ・ミュージックのど真ん中が地続きになってうねりを呼ぶ状況っていうのは、まさに星野さんが貫き通してきた「好きなものを広げていく」ことに他ならないんじゃないのかなと。こういう未来の在りように関しては意識的だったんですか?

星野:いやいや全然(笑)。自分の活動に関しては、もうその都度でやりたいものを必死にやってきた感じなので。そもそもインディーズだろうが、メジャーだろうがいいものはいいし、ファッションだけの音楽はファッションだし、自分の音楽の好みにしたって好きなものは好き、嫌いなものは嫌いなのが普通なわけですよ。洋楽/邦楽も、歌ものもインストも僕のなかでは差がまったくない。全部フラットに聴いてきたので。それを続けてきただけなのかなと思います。

Edited by Toshiya Oguma

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