ポール・ウェラーの好奇心は止まらない アップデートし続ける60代の現在地

最新作『オン・サンセット』全曲解説(2)
持ち味をキープしながら新機軸も打ち出す

「イークワニミティ」では、キンクスやビートルズを思い出させるブリティッシュ然としたメロディに乗って、自制を保つことの大切さを説いている。若い頃に「大嫌い」と発言していたスレイドの元メンバー、ジム・リーのヴァイオリンをフィーチャーしているのがあまりにも意外だ。ウェラーはボウイと同じく、遂にスレイドにも心を開いたのだろう。この曲もスレイドのごく初期のヒット曲「だから君が好き(Coz I Luv You)」に通じるノスタルジックな味がある。

ゆったりとしたテンポでしみじみ歌う「ウォーキン」でも、引き続き歌詞は達観モードだ。「重荷は全部玄関に置いていこう、もう要らないから」という一節が印象深いが、後半では「旗を振っても、もう上手くはいかない」と、社会的な取り組みに対する考え方の変化を吐露してハッとさせる。代わりに彼が用意した答えは「信じる気持ちを大地に植えよう」……これが次の「アース・ビート」に橋を渡す。

「アース・ビート」には前述の通り、R&B畑から抜擢したCOL3TRANEがヴォーカルで参加する一方、バック・コーラスに姉妹フォーク・グループのザ・ステイヴスを起用。何とも意外な組み合わせだが、ウェラーはYouTubeで彼女たちのライヴを観て惚れ込んだそうで、定位に注意して聴くと声の効果的な配置、ハーモニーの巧みさに唸らされる。本作では最もエレクトロニックなビートが立った曲。日々ラジオに耳を傾けているというウェラーらしく、音像をアップデートする作法も極めて自然だ。



本編のラストを飾る「ロケッツ」は、「スペイス・オディティ」の頃のボウイを思い出させる、壮大なスケールのフォーキー・チューン。人々の一生を打ち上げられていくロケットにたとえて、感情を抑制しながら切々と歌う。終盤のバースでは表情がやや変わり、人々の生活を規定する社会のシステムと、富の集中という現代的なテーマが頭をもたげてくるのが面白い。労働者階級出身のシンガー・ソングライターらしい、気骨を感じさせるエンディングだ。本作を彩るハンナ・ピールのアレンジも、ここが見せどころ。情緒過多になりそうなすれすれのところまで気分を高揚させる、ドラマティックなストリングスの筆致が素晴らしい。

持ち味をキープしながら新機軸も打ち出す…と言葉で言うのは簡単だが、こうしたアルバムをウェラーに作らせる原動力は、今も音楽に対する異常に強い好奇心、これに尽きる。長年ポールの仕事をサポートしてきた実妹のニッキー・ウェラーも、新作を聴いて「どこからどうやって新しいアイデアを見つけて来るのかわからない」と驚愕していた。

新作を語る上で、もうひとつ忘れてはならないのが、スタイル・カウンシル時代の相棒、ミック・タルボットの参加。バンド解散後も二人の交流は続いており、最近はスタイル・カウンシルの歴史を追ったドキュメンタリーにミックも協力、撮影が済んでいるという。その公開を機に、80年代の作品群にも再びスポットが当たるかもしれない。

コロナ禍の影響で、『オン・サンセット』は当初のリリース予定から発売が3週間延期されることになった。自粛期間中もウェラーの創作意欲は止まらず、「正気を保つため」に早くも次作の準備に取り組んでいたという。湧き続ける音楽への興味と探究心を抱えたこの音楽家は、彼が愛聴してきたヴァン・モリソンやニール・ヤングと同じく、老境に到っても独創的な新作を生み続けてくれることだろう。そんな道筋を予感させる『オン・サンセット』は、“2020年代のウェラー”の幕開けに相応しいアルバムだ。




ポール・ウェラー
『オン・サンセット』
2020年7月3日発売
¥2,600(税抜)+税 日本盤のみSHM-CD仕様
日本盤ボーナス・トラック1曲収録+海外デラックス盤ボーナス・トラック5曲収録
試聴・予約:https://umj.lnk.to/PaulWeller_Album

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