ポール・ウェラーの好奇心は止まらない アップデートし続ける60代の現在地

最新作『オン・サンセット』全曲解説(1)
人生の残り時間に対する意識

最新作『オン・サンセット』は、前作『トゥルー・ミーニングス』の製作中に生まれた「ミラーボール」が核となり、そこから膨らんでいったアルバムだという。今年のはじめに出たEP『In Another Room』はミュージック・コンクレート風の小曲を集めた実験的な作品だったが、それと並行してこのアルバムが作られたというプロセスも、「ミラーボール」中盤からのトリッピーな展開を聴けば合点が行くだろう。ダンスフロアに救済を求める切実な歌詞は、インディープによるダンス・クラシック「ラスト・ナイト・ア・DJ・セイヴド・マイ・ライフ」の世界、あるいはもっと若い頃に触れたであろうノーザン・ソウルのシーンを連想させるところもある。


『オン・サンセット』予告編映像

ニューオーリンズ・ファンク風のビートが小気味好い「バプティスト」は、タイトルから想像できる通り、教会から聞こえるサウンドに心を揺さぶられる……という歌詞。信心について口に出すこと自体珍しいが、「俺に神がいるとしたら星空の向こうにいるんだろう」という前提で、それでも洩れ聞こえてきた強力なメロディと歌声に抗えないという想いを素直に歌っている。宗教との距離感も、いかにもウェラーらしい。

「オールド・ファーザー・タイム」に驚かされるのは、年齢を重ねてきたウェラーが人生の流れを見渡し、この先に控えている問題……“死”までを見渡していること。彼なりの終活ソングと言うと俗っぽいが、「覚悟はいいぜ、準備はできている」と歌う域に、いよいよ彼も達したようだ。5月に62歳になったばかりのウェラーにとって、不可避なテーマであることは確か。そこから目を逸らさず、きっぱりと歌い切る姿勢が潔い。

先行シングルに選ばれた「ヴィレッジ」も、どこか「オールド・ファーザー・タイム」と通じるところがある。「行ったことのない場所、見たことのないものはあるが、どうでもいい」と言い切り、自分の心の中を覗き込むこと、ありのままの自分を受け入れることの重要さを歌っている。紆余曲折あったこれまでの歩みを振り返ると、長い自問自答の末にようやく出た答えがこれなのか、と納得させられる曲だ。



同じく、アルバムに先駆けて公開された「モア」は、得意のフォーク・ロックを基調としながら、ニュー・ソウルやブラック・ムーヴィーのサウンドトラックを思わせるスリリングなアレンジが施されている。ここで歌われる「得るものが増えるほど失うものも大きくなる」というメッセージにも、人生の残り時間に対する意識が滲む。この曲でフランス語のラインを歌っているのは、ル・シュペールオマールのジュリー・グロ。ウェラーはベーシストのアンディ・クロフツから彼らの存在を教わったそうで、アルバム『Meadow Lane Park』を聴いて気に入り、起用を決めたという。



「オン・サンセット」は、かつてザ・ジャム時代に訪れたLAのサンセット・ブールヴァードを、久しぶりに再訪した際の心境を綴った曲。60年代のスティーヴン・スティルスを思わせるソウルフルなフォーク・ロックだ。しかし、ここで描かれるのは懐かしいLAの想い出ではない。どこもかしこも昔とは変わり、仲間と遊んだ想い出の場所もなくなってしまった……というビターな現実に直面、それを淡々と受け入れていく。アルバムのタイトルもこの曲から取られたが、これは単に地名のみを指すのではなく、アートワークが示す通り“日没”とのダブルミーニングと解釈するのが正解だろう。

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