尾崎豊とCHAGE and ASKA、国立代々木第一競技場をめぐる2組のライブ盤を検証

CHAGE and ASKA。1996年6月、イギリスでのライブの様子(Photo by Brian Rasic/Getty Images)




尾崎豊さんの「BOW!」。1985年11月15日に代々木国立第一競技場で行われたライブ。1987年に出たライブアルバム『LAST TEENAGE APPEARANCE』からお聴きいただいております。この曲が入ったアルバム『回帰線』は1985年リリースですね。いきなり1位だった。でも、世間はまだほとんどだれも知らなかったと言っていいでしょう。10代の中高生だけが知っていたという状態でした。1980年代前半、荒れる学園というものがありました。高校の封鎖も多発しておりました。TVドラマ『3年B組金八先生』というのはそういう背景で大ヒットしておりました。尾崎さんのデビューは1983年11月1日、アルバム『十七歳の地図』、シングル『15の夜』の同時発売ですね。高校を中退して、1984年3月の卒業式の日に新宿・ルイードでライブを行なった。そして1984年8月4日に日比谷野外音楽堂のアトミックカフェ、この時にPAから飛び降りて骨折した。そしてリハビリを経て、ライブ活動を再開したのは1985年ですね。1月に日本青年館でやりました。これを見に行って衝撃を受けましたね。5月の立川市民会館からツアーが始まって、さっきちょっと触れた大阪球場のライブがあったんですね。 CHAGE and ASKAも下積みがないユニットでしたが、尾崎さんも、そういう意味ではそんなに下積みがあったわけじゃないですね、2枚目のアルバムがいきなりチャート1位になったわけです。ただ違っていたのは、メディアからの扱われ方。 CHAGE and ASKAと尾崎さんは全然違いましたね。尾崎さんは10代のヒーロー、反抗のカリスマ、世代の旗手と色々と持ち上げられました。レッテルを貼られました。この代々木のライブは、そういういろいろな意味の異様な空気というのがありましたね。お聴きいただくのは、デビューアルバムのタイトル「十七歳の地図」。



尾崎豊さんで「十七歳の地図」。1985年11月15日に代々木国立第一競技場で行われたライブ「LAST TEENAGE APPEARANCE」の模様を収めたライブアルバムからお聴きいただいております。こういうMCをしていたんですね。気負ってたというんでしょうか、青臭いというんでしょうかね。こういうMCが、尾崎さんをカリスマと言わせた理由にもなったわけですね。でも、この「十七歳の地図」で好きだなと思うのは、「親の背中にひたむきさを感じて 涙してしまう」というこの感受性の強さ。優しさみたいなものですね。それと、さっきの「BOW!」の歌詞にあった「鉄を食え 飢えた狼よ 死んでも豚には食いつくな」。この正義感、このフレーズ好きでしたね。弱いものいじめを絶対するなっていうこともあるわけですから。この感受性と正義感、優しさと強さみたいなものが尾崎豊さんの両面としてあったんだと思いますね。彼がデビューした時に、業界とメディアが否定派と肯定派の真っ二つになったんですね。年齢の少し上の人たちが否定派だったんです。暑苦しいとか正義漢ぶってとかそういう反発ですね。肯定派というのは、尾崎さんと同世代か少し下、高校生くらいの人たちかちょっと上の僕らみたいな1970年代に学生運動を経験したような世代。何かに対して反抗的だった経験のあるような人達が、こういう若者が出てきてホッとしたと。僕も圧倒的に肯定派でしたが、客席で尾崎ー! と声をあげたのはやっぱり同世代ですね。そんな彼らを直撃したのはこの曲です、「15の夜」。

Rolling Stone Japan 編集部

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE