メイド・イン・ジャパンは誰をエンパワーしたのか? 日本の楽器メーカーがもっと誇るべき話

21世紀の楽器スタートアップ

日本の楽器産業っていうのは、こうして考えてみると、21世紀のビジネスにおいて重視されているようなコンセプトを、長いこと体現してきたように思うんです。椎野さんのVestaxは「創造性の解放」「クリエイティビティの民主化」という意味で、スティーブ・ジョブズがアップルに注ぎ込んだ理念と完全に響き合っているわけですし、YAMAHA DX7やROLAND TR-808、あるいはAKAI MPC1000といった楽器は、言うなれば「インクルージョン」とか「ダイバーシティ」をエンパワーするためのツールであったわけです。同時にそれは、クリス・アンダーソンが語っていたように、メーカームーブメントを受けて徐々に広がり続けているハードウェアスタートアップのDIY精神の源流にも連なるもので、なんなら、日本の楽器メーカーは、新しい楽器スタートアップのモデルですらあるのかもしれません。

実際、楽器スタートアップというのは面白い領域で、最近では中国のエフェクターのメーカーがかなり大きなシェアを取りはじめているとも言われていますし、フィンランドのTeenage Engineeringは、おもちゃ的な小さなモジュラー・シンセを作るスタートアップだったのが、いまではかなり大きくなっています。映画『ラ・ラ・ランド』のなかで、ジョン・レジェンド扮するキースというミュージシャンが弾いているSeaboard RISEという、すごく変わったシンセサイザーがありますが、あれを作っているのもROLIというロンドンのスタートアップ企業です。開発者のローランド・ラムはジャズピアニストで10代の頃に日本の寺に修行に来て、僧侶になろうとしたこともあるという変なキャリアの持ち主です。




知人から聞いた話ですが、ある時期からゴルフの世界では「地クラブ」というものがずっと流行ってるそうなんです。この場合の「地」は「地酒」と同じ意味の「地」なんですが、大きなメーカーに勤めていたクラブ制作者が独立して始めた、要はスタートアップなんです。野球のグローブなんかでも同じような現象は起きていて、高校野球を本格的にやっている学生さんとかも最近はそういうところでグローブをつくっているとかで、「半年先まで予約が取れない」というようなことすら起きているそうなんです。

そう聞いたとき、「それってメーカームーブメントじゃんか!」と思ったりしたんですが、いままでそういう工房や職人は、「スタートアップ」ということばではあまり認識されてこなかったですし、メーカームーブメントのコンテキストでもほとんど語られてきてないんですよね。でも本当は、彼らも、そういう文脈で語ってもよいのではないかと思うんです。そして、そのなかで楽器というものも、新しい音、新しい声を生み出していくことができるんじゃないかと思うんです。日本は、そうした観点からみると、一大楽器スタートアップ国なわけで、ここまで長々としゃべってきた通り、文字通り世界を変えてきたわけです。もしかすると他のどんな業界よりも大きな変革を世界にもたらした可能性すらあるわけですから、その、誇るに足るレガシーをですね、まずはちゃんと日本のビジネス空間において定義すべきだと思いますし、加えて面白い優秀な若い子らが、それをいいかたちで引き継いでいってほしいな、と思うんです。アメリカからアフリカまで、世界中のストリートで声なき声を秘めて生きる来るべきクリエイターを直接的にエンパワーできるビジネスなんて、ほかにそんなにないと思うので。

●若林恵によるコラム
"2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて"




構えているベースは、レミー・キルミスター(モーターヘッド)、ゲディー・リー(ラッシュ)、クリフ・バートン(メタリカ)の愛器としても知られるRickenbacker 4001

若林恵
1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』(岩波書店)。責任編集『NEXT GENERATION GOVERNMENT』(黒鳥社/日本経済新聞出版社)。

「blkswn jukebox」と題して気になる新譜を黒鳥社のSNSで毎日紹介、連動したポッドキャストもApple Podcast、Spotifyなどで配信中。
https://lnkfi.re//blkswn-jukebox

Edited by Toshiya Oguma

Tag:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE