メイド・イン・ジャパンは誰をエンパワーしたのか? 日本の楽器メーカーがもっと誇るべき話

スヌープ・ドッグとドクター・ドレー。1994年、ニューヨークで撮影(Photo by mark peterson/Corbis via Getty Images)


MTRと「録音」の民主化

で、エレキギター以降の楽器も、特に電子楽器は、同じようにそれまであった音楽をめぐるヒエラルキーを壊し、民主化を起こしていくという形で、音楽の中身そのものにも作用していくことになります。椎野さんは、Vestaxを創設後には、4トラックや8トラックのMTRなども製品化していきますが、そこにあった理念は、エレキギターと同じで、音楽を「みんな」に解放するというところでした。エレキギターでは「楽器」へのアクセシビリティを高めた。そして次に椎野さんが必要だと考えたのは、「録音」というものへのアクセシビリティを高めることだったわけです。Vestaxは、本社内にアマチュアバンドでも使えるレコーディングスタジオを持っていたそうで、いまとなっては当たり前のことのように聞こえますけど、それをいち早くやれたのは、やっぱり「音楽をみんなに解放する」という理念が成せるわざだったと思うんです。


Vestaxによる4トラックのカセットレコーダー「MR44」

MTRと録音の民主化ということで言えば、US版『WIRED』の元編集長のクリス・アンダーソンも同じような話をしていて、彼は『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』という本のなかで3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションツールを用いた「製造の民主化」を謳ったんですが、彼自身がそのDIY精神をどこで培ったか、というとバンド活動を通じてだったと証言しています。というのは、彼は学生時代をワシントンDCで送り、バンドマンとして、いわゆる80年代の「DCパンク」のシーンのど真ん中にいたんです。70年代後半〜80年代のDCの草の根的なDIYなパンクシーンをドライブしたのは、彼に言わせると、4トラックのMTRとゼロックスのプリンターで、それらの普及によって誰でも音源を録音し、ライブのチラシを作れるようになったのだと言うんですね。3Dプリンターのような技術を使って製作者が好きなものを作ることで、新たな「メーカー」になるという可能性、その基本的な思想を、彼は音楽から学んだと明確に語っています。ハードウェアの価格が下がりアクセシビリティが高まったことでこれまで入って来れなかった人たちも参入し、新しいアイデアを持ち込んでいくことで、「なにかをつくる」という行為がどんどん拡張していく。まさに音楽で起きたことが、彼は製造業で起きることを夢見たわけです。

「誰でも何かをつくれる」という世界をつくりたいという夢を描いて巨大化した企業といえばアップルでしたよね。スティーブ・ジョブズは「マッキントッシュ」に「クリエイティビティの解放」という夢を授けたわけですが、ジョブズも椎野さんも60年代のロックの影響を受け、そのエトスを引き継いだという意味ではとても似ているんだと思います。

ところが、椎野さんが想定していたような「創造性の解放」は実は日本ではなかなか起きなかった、というのが椎野さんの見立てで、本当はみんなが楽器を手にするようになったら、みんなが誰も聴いたことのないような新しい音楽をつくり始めるんじゃないかと期待してたら、案外多くの人が「コピーバンド」に走ってしまったわけです(笑)。それはそれで楽しいからいいんですが、誰かのモノマネをするために武器を渡したんじゃないぞ、との思いがあったんじゃないかと思います。

そんな時に出てきたのが、ヒップホップという新しいカルチャーでした。ヒップホップのDJたちはそれこそ、楽器はなくとも、ターンテーブルという装置さえあれば音楽をつくり出せることを証明したわけですね。で、椎野さんはすかさず、それに反応するわけです。「誰もが好きに音楽を作れるようになる」という期待を、彼は70年代後半に勃興しはじめた新しいカルチャーのなかに見出して、そちらに踏み込んでいくことになります。結果として、Vestaxという会社は、世界のDJカルチャーを支える最重要ブランドに成長していくことになるわけです。DJ機器を作り始めたあとのVestaxのタグラインって「Give DJs What They Want」だったんですけど、いまのことばで言えば、これ「アーティスト・ファースト」ってことなんですよね。言うはやすしですけど、これを標語に掲げて、その約束を守り続けた日本のメーカーって、やっぱり稀有だと思うんです。

Edited by Toshiya Oguma

タグ:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE