『カセットテープ・ダイアリーズ』監督が語るスプリングスティーンの衝撃、閉塞感を打ち破るアートの力

アートには寛容や連帯感を強める力がある

─ジャベドはスプリングスティーンの曲を聴きながら色々な体験をして成長していく。その過程で、次第に見えてくるものがある。それは、父親の立場や価値観だったり、自分を取り巻く社会の状況というものだったりするわけですが、彼と同じように移民の子供として育っている監督にも、似たような経験はありましたか?

チャーダ:『ベッカムに恋して』の方が私自身の話に近いわ。あの映画は私と私の両親についての話。私はサッカーをやっていたわけではないけど、規則も破ったし、親の世代とは違う生き方をしたいと思っていた。でもうちの家族はそこまで厳格ではなかったの。父親はフェミニストなところがあったしね。彼はジャーナリストになりたいという私の希望を尊重してくれた。自分のコミュニティを代弁したいという私の志を買ってくれた。インド社会における女性の不当な扱われ方に納得していなかった。いつだって私たちの自立を重んじてくれて、私と姉妹がきちんと教育を受け、経済的に自立できることにこだわった。彼にとってはそれが凄く大事だったのよ。


© BIF Bruce Limited 2019


© BIF Bruce Limited 2019

─本作は、私も含めて、好きなものがあって、好きなものに影響されて自分の道を歩んできた人間にとっては、好きにならずにはいられない映画だと思うのです。先ほど、お父様からの理解は得られていたというお話でしたが、自身の道を模索するにあたり、あなたの背中を押してくれる音楽なり映画なり本なり、というものは存在したのでしょうか。

チャーダ:私にとっては2トーンね。ザ・スペシャルズと2トーン・シーンよ。2トーンは私にとって啓示のようなものだったわ。ザ・スペシャルズの登場は、黒人と白人が同じバンドにいるのを初めて見た瞬間だった。

─映画には、1987年の時代背景、例えばレイシズムやいき過ぎたナショナリズムの話も盛り込まれていますが、これが過去のことには思えない。むしろそれがより表面化している昨今であるとすら思えます。こうした背景部分は映画のオリジナルなのでしょうか? それとも、少なからず原作にも書かれていたことですか?

チャーダ:映画化にあたって付け加えたものも多少あるわ。というのも、原作が何年もの期間をまたいでの話なのに対して、映画は2年間に起きた物語になっているから。だから私たちで凝縮してより簡潔なものに書き直したの。さらに、私の実体験を盛り込んだ部分もある。例えばジャベドの妹の話。パーティでバングラ・ビートに乗って踊るシーンね、あれは私が入れたのよ。アジア系ならではの要素を入れたのは私の判断。原作にはなかったアジア系の部分をバランス良く取り入れたの。


© BIF Bruce Limited 2019

─最後の質問になります。グローバル化で世界が一つになっていくのかと思いきや、実はその逆を行っているんじゃないかと思うことが多々あります。不寛容や無理解が方々で見受けられる。そんな時代にあって、映画や音楽、演劇といったアートにできることがあるとしたら、どんなことだと考えますか?

チャーダ:今、私はそうは思わないわ。なぜなら今回のCOVID-19の教訓として、「みんな同じ船に乗っていて、みんな繋がっているのだ」ということがはっきりと浮き彫りになったわけだから。不寛容な右翼だろうと、お互いを頼らないといけない状況に私たちは今直面している。誰もが医師と看護師を頼らないといけない。世界中のどの地域も同じ。イギリスではみんながNHS(国民保険サービス)を称賛している。しかもそのNHSに従事する人たちの大半が移民や移民の子供よ。医師や看護師たちはインドやパキスタン、カリブ諸島、アジア出身者ばかりなの。だから今回のCOVID-19をきっかけに人々の考え方が大きく変わると思う。既にSNSにそれが現われているわ。SNSを通して人々は互いに話をし、助け合い、これまでにないくらい繋がっている。私のところにもイタリアからWhatsAppが届くのよ。私自身はイタリア語を話さないけど、イタリアから必死の経験談が届いて、誰かがそれを訳してくれる。そうやって世界中の人たちが繋がるという素晴らしいことが、今まさに起きている。私はそう考えるわ。そして生きていく上で本当に必要なのは、シンプルなものなんだ、ということにみんな気づいてきている。そのシンプルなものに到達するまで、私たちは決して遠くはないはずだって。つまりそれは何かというと、人と繋がりを持つことであり、必要なだけの食べるものがあって、飲む水がある。それと精神を満たしてくれるもの。今本当に大事なのはそこよ。

─そんな中でアートができることは?

チャーダ:先週末、『カセットテープ・ダイアリーズ』が米HBOで放映されたんだけど、これだけ多くのメッセージをもらったのは生まれて初めてよ、というくらいにメッセージが届いたの。「2時間、世界で起きていることを忘れることができた」「すべてを忘れて人情味のある映画を堪能できた」って。アートには寛容や連帯感を強める力があるはずよ。70年代にひとりの若者がニュージャージーで書いた曲の数々が、何年も後になってパキスタン系の青年とイギリスのルートンで出会うという話にだって、それが出来たのだから!!


© BIF Bruce Limited 2019



『カセットテープ・ダイアリーズ』
【監督】グリンダ・チャーダ(『ベッカムに恋して』)
【脚本】サルフラズ・マンズール、グリンダ・チャーダ、ポール・マエダ・バージェス
【原作】サルフラズ・マンズール「Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’ Roll」
【作曲】A・R・ラフマーン
【出演】ヴィヴェイク・カルラ/クルヴィンダー・ギール/ミーラ・ガナトラ/ネル・ウィリアムズ/アーロン・ファグラ/ディーン=チャールズ・チャップマン/ロブ・ブライドン/ヘイリー・アトウェル/デヴィッド・ヘイマン
配給:ポニーキャニオン (2019年 イギリス 117分)
原題:Blinded by the Light
日本語字幕:風間綾平
字幕監修:五十嵐 正
©BIF Bruce Limited 2019

2020年7月3日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー
http://cassette-diary.jp/

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