ジューダス・プリーストのロブ・ハルフォードが力説、ゲイをカミングアウトした経験から学んだこと

ジューダス・プリーストのロブ・ハルフォード(Illustration by Mark Summers for Rolling Stone)


―1990年にジューダス・プリーストが裁判にかけられました。ある弁護士がジューダス・プリーストのアルバムにサブリミナルなメッセージが入っていて、それが10代の少年2人の自殺を幇助したと主張したためです。この経験は、アーティストとしての自分の方向性を疑うきっかけになったりしましたか?

ロブ:あの事件は、外の世界には自分にダメージを与える力のある人間がいると教えてくれた。それが「どうやって前に進めばいいのか?」という疑問につながったね。リリシストとしての私は特に「何を言えばいいのか」や「何を言ってはいけないのか」を考えたよ。でも、そのうちに「どうしたってんだ? どうして自分はそんなことを考えているんだ?」と思うようになった。どんな形であれ、私は検閲が大嫌いだね。嫌悪すら感じる。私はクローゼットから出てきた男として、価値であれ、壁であれ、石であれ、チェーンであれ、何かで自分の身を縛るのは間違った行動だと知っているんだ。そんなものは制限付きの自由さ。あの事件から学んだことは、最後までやり抜くこと、自分の心に従って歌詞を書くことだ。ただ、あの裁判で最も心が痛んだのは、美しい少年2人の命が失われた事実だよ。

―90年代初めにプリーストを一度抜けて、10年後にカムバックしました。そうやって身を引くタイミングや復活するタイミングはどうやって知るのですか?

ロブ:そうだね、バンドを離れたときの理由は、私が多くの友人たちと同じ状況に陥ったせいだと思う。知り合いのリード・シンガーたちも同じような自分探しのたびに出たからね。あれは自分にとって重要な経験だったと思う。それこそ「you don’t know what you’ve got till it’s gone」(失くして初めてその価値に気づくものだ)という歌の通りだよ。内面的には何年も生活の中心だったバンドを離れることがとても辛かったけど、離れたことで全体像が見えてきて、自分がいなきゃいけない場所と思える場所に自分を引き戻してくれた。このバンドは自分がいるべき場所なんだ。このバンドが自分にとってすべてなんだ。



―ファイトと2woでの活動、またそれ以外の活動でどんなことを学びましたか?

ロブ:今でもあの頃の「自分で決める」という感覚を持っていて、ああいう音楽スタイルで自己表現したい思いもあるし、それを自覚して、実現することもできる。あの頃、どうやってあのバンドを上手くいかせるか、自分でもまったくわからなかったし、関連性があるか否かもわからなかったけど、あったようだった。自分の周りに同じ考えのプレイヤーばかりを置いたよ。プロジェクトを牽引するという点でそれまでより強く手綱を引いたけど、自分ひとりでは絶対にできなかったことだけは確かだね。そして、さまざまなことを理解する助けにもなったよ。

Translated by Miki Nakayama

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