イーグルス『ホテル・カリフォルニア』知られざる10の真実

イーグルス『ホテル・カリフォルニア』ジャケット写真


7. 『ホテル・カリフォルニア』のツアー中、ドン・ヘンリーは自分のマットレスを各地のホテルに持ち込もうとした

過酷なツアー・スケジュールに対処するため、多くのバンドがツアー生活を自宅の快適さに近づけようと手を尽くしてきた。

イーグルスも例外ではなく、移動用に手の込んだプライベート・ジェットをチャーターしていたほどだ。バンドの主任電気技師だったJoe Berryが、『ホテル・カリフォルニア』ツアーにおけるヘンリーの特別リクエストを振り返る。「彼はキングサイズのベッドとマットレスをいつでも使えるようにしてほしいと強く言ってきた。だからクルーは、どこへ行くにも持って行かなければならなかったんだ」と彼は、『To the Limit: The Untold Story of the Eagles』著者のマーク・エリオットに語っている。「ツアー専属の仕立屋が毎晩トラックに積み込みやすくするため、ハンドル付きの専用のカバーを作ってくれたんだ。ドンのベッドはどこにでも持って行ったよ」

ヘンリーはこの明らかに行き過ぎた贅沢を、連夜のパフォーマンスで悪化した腰痛のせいだと弁明している。「ずっと背骨の位置がずれてしまうような姿勢で体を支えなければならなかったんだ」と、彼はモダン・ドラマー誌に語っている。「ドラムを叩きながら口をマイクの前に持っていくためには、まさしく全身をひねる必要があった。そのせいで70年代は、文字通り眠ることができなくなっていたんだ」

その不快感は、宿泊先の貧相な寝具ではどうにもならなかった。「ホテルのマットレスは酷くてね。部屋にあるもので一番どうしようもなかった」と、ヘンリーはエリオットに語る。「だから自分のマットレスを用意して、機材と一緒にトラックで運んでもらうことにしたんだ」。あいにく、ホテルのコンシェルジュはヘンリーの腰痛にさほど同情を示さなかった。ベリーによると、マットレスは「一度も使われなかった。どのホテルも持ち込みを許可しなかったからね」


8. ジャケット写真を撮影したのは、ビートルズの『アビイ・ロード』、ザ・フーの『フーズ・ネクスト』を撮った男だった。そしてバンドは危うく訴えられそうに

架空のホテル・カリフォルニアに現実味を持たせるため、イーグルスは英国のアート・ディレクター、コッシュ(ジョン・コッシュの通称)にジャケット・デザインを依頼した。コッシュにはビートルズ印象的な『アビイ・ロード』のアルバム・ジャケット、ザ・フーの『フーズ・ネクスト』、ザ・ローリング・ストーンズの『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』など多くの実績があった。彼はアルバムタイトル曲のラフカットを聞かされたあと、シンプルな指示が与えられた。「ドンは私に、ホテル・カリフォルニアを見つけ出してきて、少し不吉な感じで描いてほしいとのことだった」とコッシュは2007年、the Rock and Roll Reportのインタビューで追想している。



彼は写真家のデビッド・アレキサンダーと一緒にロケーションを探し、適切な会場の候補を集めました。サンセット大通りにあるビバリーヒルズ・ホテルが一番のお気に入りだったのですが、この建物の明るく風通しの良いリゾートのような外観の痕跡を消し去るのは、技術的にも大変な難題だった。

「完璧な写真を撮るため、デヴィッドと私は、ラッシュアワーのサンセット大通りに設置したクレーン車の上、高さ60フィートのところにおそるおそる陣取って、逆光の中で闇雲に撮影していた」とコッシュは語っている。「二人とも自分のニコンを持ち込み、交代で写真を撮影し、身をかがめてフィルムを交換した。日が落ち始めると、我々はハイスピード・エクタクローム・フィルムを使った。このフィルムのおかげで、完成品にすばらしい粒状性が生じた」

●ホテル・カリフォルニアの名称使用訴訟、イーグルスが和解

日没直前のいわゆる「ゴールデン・アワー」を捉えたこの写真は、ロック史上最も有名なアルバムカバーの一つとなった。皮肉なことに、ほとんどの人はこの写真のなかに写っている超有名ホテルを認識することができなかった。建物の正体が明らかになると、この豪華ホテルの代表者たちは不快感を表明した。「『ホテル・カリフォルニア』のセールスが急上昇すると、ビバリーヒルズ・ホテルの弁護士が差し止め請求で脅してきた」とコッシュは語る。「こちらの弁護士がアルバムのリリース以降、ホテルの宿泊予約が3倍に増えたことを丁重に指摘したら解決したけどね」

Translated by Rolling Stone Japan

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