ボウイの死とサヴェージズを経て、ジェニー・ベスが到達した愛と暴力の境地

ジェニー・ベス(Photo by Maxime La)

サヴェージズのジェニー・ベスが、ソロ・デビュー・アルバム『TO LOVE IS TO LIVE』を発表した。「デヴィッド・ボウイが亡くなった時に最初にアイディアが浮かんだ」という本作について、米ローリングストーン誌によるインタビューの発言も交えながら制作背景を掘り下げる。

やや前かがみで一歩踏み出すというのは、ステージでのジェニー・ベスのデフォルトな立ち姿。しかし、これまではひたすらブラックの印象が強かった彼女は、初のソロ名義のアルバム『TO LOVE IS TO LIVE』のジャケットに、全身ホワイトのヌードの彫像を用いた。白い大理石でできた勝利女神の像『サモトラケのニケ』を、約2000年ほどアップデートしたかのような。そしてシネマティックなイントロダクションに続いて、“私は常に裸でいる”とピッチを変えた声で語り始める。以後11曲にわたって、バンドの枠組みから解放されてまさしく裸の自分を提示するジェニーの歌に耳を傾けていると、サヴェージズは恐らく戻ってはこないだろうという予感が強まってくる。彼女にとってあの時代は過去のもので、もうバンドを必要としていないのだなと。終盤の「Heroine」に至って、他者に理想を求めるのではなく自らヒロインになることを引き受ける強い決意を突きつけられる頃には、その予感は確信に変わった。



思えばサヴェージズが6年間の活動を休止したのは、2017年夏のこと。現代インディロック界のグレーテスト・フロントパーソンのひとりとしてこの4人組を率いたジェニーは、2ndアルバム『Adore Life』(2016年)を制作していた頃にはすでに、ストイックでピュアなバンドのヴィジョンに窮屈さを感じ、独自の音楽作りを検討していたという。そんな折に、敬愛するふたりのアーティストに背中を押されるような出来事があった。ひとつは、時間は無尽蔵にあるわけではないと痛感させられた、2016年1月のデヴィッド・ボウイの急死。続いて同年夏には、PJハーヴェイのたっての希望で彼女のライヴの前座に起用され、たった10日間でセットを構成するに十分な数の曲を書き上げた。これをきっかけに、アルバム完成までの時間はかかったものの、いよいよソロ・デビューに至ったわけだ。ただ、ジョニー・ホスタイルがぴたりと寄り添っていることだけは、従来と変わっていない。


ジェニー・ベスが歌う「Space Oddity」(2015年の映像)

35年前にフランス西部の町ポワチエで、カミーユ・ベルトミエとして生まれたジェニーは、10代の終わりにジョニー(=ニコラ・コンジェ)と出会い、以来公私にわたるパートナーとして行動を共にしてきた。2006年には一緒にロンドンに移り住み、ジョン&ジェンとして2枚のアルバムを発表。その後2011年にサヴェージズが誕生してからはジョニーは彼女たちのプロデューサーを務めたのだが、ジェニーがソロ活動を本格化するにあたってふたりはフランスに帰国。パリを拠点に、ロンドンでの体験を踏まえて次の章をスタートした。つまり、二人三脚の長い旅の途上にあるというパースペクティヴで、本作を捉えるのが正しいのだろう。

そんな『TO LOVE IS TO LIVE』ではジョニーがプロダクションと共作で全面的に関わり、ほかにプロデューサーとしてクレジットされているのは、フラッド及び、トレント・レズナーのコラボレーターであるアティカス・ロス。「私が最初にコンタクトをとったプロデューサーがアティカスだった」とジェニーは言う。

「彼は音に奥行きをもたらしてくれた。まるで建築家のように仕事をするのよ。サウンドの層を作り込んで、一種のボリュームを構築して。最初からこのアルバムにはボリュームを与えたかったんだけど、サヴェージズと同じにはしたくなくて、ストリングスを用いて凄みを醸すというのが、アティカスが見つけた方法だったの」。

●【写真】ジェニー・ベス(全5点)

そう、バンド編成をとっていないことから、サヴェージズの作品との音色の違いは歴然としている。ギターは不在、代わりにストリングス、全編を通して聴こえるピアノのプレゼンス。サヴェージズでは1st『Silence Yourself』(2013年)収録の「Marshal Dear」でしかピアノを弾いていなかったはずだが、PJの前座を務めた際もピアノの弾き語りでパフォーマンスを行なったそうで、幼い頃からレッスンを受けていた彼女にとってはある種の原点回帰と解釈できる。ビートはほぼ全て打ち込みで、スタイルとしてはインダストリアル・ロックを基調とし、フィールド・レコーディングされたと思われるサンプルの数々がリアルな世界の匂いを随所に織り込み、時折ジャズ的な揺らぎを交えながら、アグレッシヴに、アンビエントに、ふたつの極の間をダイナミックに移行しながらアルバムは進行する。そこからはボウイの『★』の影響が如実に読み取れるほか、ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』、ビヨンセの『Beyoncé』、ロウの『Double Negative』と、意外な作品をジェニーはインスピレーションに挙げている。彼女曰く4枚に共通するのは「ジャンルをミックスしていること」だ。

「私が最も恐れていたのは、退屈してしまうことだった。次に何が待ち受けているのか予想がつかないアルバムにしたかった。ハイとロウがあって、闇があって、光の瞬間と美の瞬間を、バイオレンスと対比させている、私にとってはこれらが人生を象徴している。こういったものを並置すると、途端にテンションが生まれて、そこに美があるのよ」。

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