WONKの江﨑文武が語る、常田大希や石若駿ら同世代と共有してきた美意識

WONKの江﨑文武(Photo by Kana Tarumi)

通算4枚目のアルバム『EYES』を6月17日にリリースしたWONKの江﨑文武が、これまでの歩みと同世代へのシンパシー、独自の楽器論を語る。

現在の日本には「ジャズ」をキーワードとしつつ、よりジャンル横断的に活躍する30歳前後の優れたプレイヤーがたくさんいて、彼らは「バンド」という枠にも捉われることなく、自ら表立ってアーティスト活動をする一方で、誰かのサポートを務めたり、プロデュースをしたり、自由に往来しながらシーンを盛り上げている。これは2010年代の海外における新しいジャズの盛り上がりとも呼応するものであるが、もちろん日本独自の動きでもあり、どこかはっぴいえんど~YMO周辺の人脈を連想させるものでもある。昨年King Gnuの常田大希がmillennium paradeを、CRCK/LCKSなどでも活躍する石若駿Answer to Rememberをスタートさせ、彼らの周辺にいるプレイヤーたちがコレクティブ的に集合したことは、シーンがまた新たな段階に入ったことを象徴していた。

2013年に結成され、「エクスペリメンタルソウルバンド」を掲げたWONKはその中でも独自の動きを見せ、自らが主催するイベント「WONK’s Playhouse」などで、シーンや世代意識をリプリゼントしてきたバンドだ。そして、キーボーディストであり、作曲家/プロデューサーとしても活動する江﨑文武は、常田や石若と同じ東京藝術大学出身で、かつて石若らと「JAZZ SUMMIT TOKYO」を開催し、現在はKing Gnuやmillennium paradeにも参加するキーパーソンの一人。ビル・エヴァンスをきっかけにピアノにのめり込んだという江﨑に、現代における楽器の存在意義と、同世代について語ってもらった。


楽器に能動的になったきっかけ
「ピアノ至上主義」からの変化

ー江﨑さんは小さい頃からヤマハの音楽教室でクラシックピアノを習っていて、中学生でビル・エヴァンスと出会い、ジャズに傾倒していったそうですね。

江﨑:小学校低学年の頃はバッハ的なものから始まり、ベートーベンとか古典派、構造的にしっかりした音楽をまずやるんですけど、高学年になるとフランスもの、ドビュッシー、ラヴェルとか、あとはロシアものを練習するようになって。そうなると構造的にも和声的にも複雑になるので理解が追いつかず、だんだんクラシックピアノが面白くなくなっていったんです。その頃に親父が買ってきた『Waltz for Debby』が食卓に置いてあって、聴いてみたらめちゃめちゃかっこよくて。

ーどんな部分に惹かれたのでしょうか?

江﨑:当時自分が弾いていたドビュッシーの雰囲気にも似てるんだけど、リズムとベースの要素がちゃんとあるからか、わかりやすい構造になってるし、ポップだなって当時感じて。で、エヴァンスを掘っていくと、フランス音楽のハーモニーから着想を得てジャズに転化し、それを自分のバンドでやってるのを知り、自分がわからないと思ってたものを独自に咀嚼して美しい形で表現してるということがめちゃめちゃかっこいいなって思ったんです。それでエヴァンスのコピーをやってみようと思って。楽器と能動的に向き合うようになったのは、それがきっかけですね。もともとピアノを弾くことは大好きだったんですけど、「習い事の中のひとつ」だったのが「自分で表現したい」と思うようになっていきました。



ー高校卒業後は上京して、東京藝術大学音楽学部の音環(音楽環境創造科)に進まれましたが、そのきっかけは?

江﨑:僕はピアノの一方でもの作りにも興味があって、発明クラブみたいなのにもずっと入っていたので、高校2年生くらいまでは工学部に行くつもりだったんです。でも、中高で一緒にジャズをやっていたドラムとベースが「音大行くわ」って言い始めて、「え、俺も行く」っていう、そういう感じのノリでした(笑)。音環にしたのは、藝大は歴史が長い分、体系的に脈々と受け継がれてきたメソッドを中心に音楽をやることに価値が置かれる大学で、でも自分はもっと新しい可能性を探るようなことをしたかったので、それには音環がハマりそうだなって。映画音楽が好きなので、「アニメーションや映像の音楽もやれるし、録音・音響も学べるらしい」みたいなのも理由でしたね。

ー楽器演奏に飽きてきて、より制作に興味が移った、みたいなことではない?

江﨑:ではないですね。実際学科的に周りは作る側とか録音に興味がある人間ばっかりだったので、あんまり大学には行かずに、早稲田のジャズ研に行って、そこでジャズピアノを弾きまくる、みたいな生活を送ってました。天邪鬼な感じで、環境的に作り手だらけになると、「いや、俺はパフォーマーだから」みたいな感じで(笑)、ジャムばっかりやってましたね。藝大では自分の学科にいた子たちとの交流よりも、それこそ常田(大希)とか石若(駿)とか、他の学科でめっちゃ面白いことをやってる同級生と会えたことが大きくて。藝大は美術学部とかもあるので、音楽に限らず、すごく広い意味での「表現をする人たち」というか、いろんなベクトルの人たちと知り合えたのがすごく刺激的でした。そういう人たちとは今も交流が続いてますね。

ーそこで荒田さんと出会い、WONKを結成するに至るわけですよね。ちなみに、シンセを弾くようになったのはいつからですか?

江﨑:それはめちゃ遅くて、WONKを始めてからなんです。エヴァンスが入りで、そこからハマったのも純粋なピアノ弾きだったので、「ピアノこそ至上」みたいな価値観があって、「電子楽器はまがい物」みたいな偏見がずっとありました。でも、WONKを始める頃に、ちょうどジャズとヒップホップが融合してきた時代背景があり、ジャズピアニストがよりプロデューサー視点で電子楽器を弾くことが普通になっていって。それまでもチック・コリアのエレクトリックバンドとか、いろいろあったわけですけど、それがよりポップな形になってきたというか……そんな環境の中で、メンバーにいろいろ教わりながら少しずつ吸収して、今に至るっていう感じですね。

ー江﨑さんのプロフィールには「キーボーディスト・作曲家・音楽プロデューサー」とありますが、自分の軸はどこにあるとお考えですか?

江﨑:やっぱり「作る人間」ではあると思うんですけど、すごく感じるのが、日本は構造的に分業化されているというか。「プロデューサーはプロデューサーとしてあまり前に出ず、パフォーマーがパフォーマーとして提供されたものを演じる」みたいな構造。まあ、日本だけでなく、世界的にも「芸能」としてはそうだと思うんですけど。でも僕は自分で作って、自分で発信もしたいタイプなんです。「0から1を作りたい」というところに軸足はあるんですけど、それを「作ったから、見てよ」ってところまで、全部自分でやりたい人なんですよね。特に、フィジカルな楽器演奏で魅せて披露して、みんなにすごいと思ってもらいたいタイプではなく、映像やジャケット、ウェブやその他伝達手段となり得るメディアを考えるところまでが楽しいと思っているタイプの作り手かもしれないです。

Edited by Yukako Yajima

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