「コロナ以降」との向き合い方について―世の中的には2月に日本でも新型コロナの感染者が確認され、日を追うごとに状況の深刻度が増していったわけですが、2月・3月・4月・5月と気持ちはどんなふうに変化していきましたか?志帆:私、2月に海外に行っていたんですよ。その時点でもうマスクを着けてる人も多かったですし、レストランとかお店側も気を遣っている感じで、消毒とか検温をけっこうシビアにやっている印象だったんです。だけど帰国して空港から出るときは、「これでいいの?」っていうくらいスムーズで。思っていたよりも甘くて、それでちょっと怖くなっちゃって。そんなこともあって、海外との意識の差を感じたんですね。
―政府の対応も含め、日本はやけにのんびりしているなぁと。志帆:のんびりだなぁって。それが2月の下旬で、3月・4月もそういう感じで。なんか、戸惑いがすごかったな。
―それは世界が変容していくことに対して?志帆:それもそうだけど、意識の差がすごいなってことの戸惑いですかね。「世界が本当にたいへんなことになろうとしているのに、こんな感じなの? 私だけが怖がってるの? これって幻なの?」みたいな。そういう混乱が自分のなかでありました。それで4月にこぼれそうな予定は全部3月の早いうちにしとこうと思って。3月はまだ人と会うことがあったんですけど、そのあとしばらく会えなくなる感じがしたので、そうしてましたね。
―本来なら4月23日にビルボードライブ横浜のオープン記念としてプレミアム・ライブが行われるはずだったじゃないですか。だから3月あたりはまだそれを気持ちの張りにしていたところもあったのでは?志帆:そうですね。「できるかねえ、どうだろうね」って話はしてましたけど、とにかく準備はしておこうということで、打ち合わせをしたり、デモを作ってもらったりとかしていて。私もボイトレをやり始めて、いい感じに喉がゆるんできていたところだったので、中止になったのはやっぱり悔しかったです。
Superflyがデビュー以来リリースしたライブ映像のアーカイブス全7タイトルが期間限定公開中―家に長くいるようになって、始めのうちはどんなことを考えてました?志帆:トイレットペーパーが品切れになりだして、買い溜めする人が増えたりしたときがあったじゃないですか。それで街がパニックみたいになっているのをニュースで見たときに、「なんでそういう発想になるんだろ?」って考えて。ああいう空気にけっこうやられる。
―デマに踊らされてみんなが買い溜めするからなくなるんじゃないか、っていう。志帆:そう。不安を掻き立てられて正しい判断ができなくなっちゃうのかなとも思いますけど、例えばマスクにしても、なければ代用品を作っちゃえばいいし、工夫すればどうにかなるじゃないですか。
―そうですよね。「ない! たいへんだ!」ってなると想像力が働かなくなって、それで買い溜めに走っちゃうんでしょうね。志帆:そういう空気にけっこうやられてましたね。あと、いい意味での気づきとしては、みんなそれぞれの生活があって自立して暮らしているようだけど、実際は例えばスーパーで働いている人であるとか本当にいろんな人が自分の代わりにいろいろやってくれているから成立してたところがたくさんあったんだなぁって。そんなことを考えたりもしましたね。
―こういう人たちの働きがあるから自分の生活もまわっているんだなと気づかされたりしますよね。そのありがたみを改めて感じたり。志帆:かなりリアルにそれを感じてました。きっとすごくシンプルなことで、ひとりひとりがそうやって、誰かがいてくれてるから自分がこうしていられるんだって思って行動すれば、いろいろいいほうに変わるんじゃないかなと思って。
―トイレットペーパーが買えなくなるようなことにもならないかもしれない。志帆:ね。そういうことをみんなが考える、いいきっかけにはなったのかなぁと。
―だといいですけどね。ニュースとかいろいろ見たりして、新しい情報を取り込んだりはしてましたか?志帆:自粛生活が始まった頃は、毎日ニュースを見て、同じ時間に新しい情報をチェックしたりとかしていたんですけど。「会見があります」っていうんで見ても、特に何も教えてもらえなかったりするから、だんだんと自分で気を付けていかなきゃしょうがないんだなって気持ちが強くなっていきましたね。
―SNSは見ます?志帆:いえ、私はけっこう疲れちゃうんですよ。やられちゃうというか。ただでさえ今はコロナで人と人とが引き離されているときじゃないですか。なのに余計に引き離すような言葉がネットのなかにあると、わざわざそういう書き込みをしなくてもいいのにって思っちゃうんです。
―分断と不安を助長する言葉が溢れてますからね。志帆:ねえ。そういう心理もあるんだなとは思うけど、基本的にはSNSは見ないようにしてます。