スパークスは50年のキャリアで何を歌ってきたのか?

善良そうに見えて、タブーを破ってくれる痛快さ

さらにスパークスの特徴として、ロック・ミュージックにありがちな「反抗のポーズ」が見受けられないということがある。今でこそそんな雰囲気に惑わされる聴衆はいないが、60年代以降のカウンター・カルチャーとしてのロックの特徴として、不良っぽく見えるファッションやならず者的なたたずまいは、聴衆の共感を集め魅了するための大きな条件であった。しかしながら、スパークスにはそれらの要素が見受けられない。品の良さやファッショナブルな要素は彼らのヴィジュアルを目にすれば一目瞭然であるが、このような一般的なロック・ミュージックのイメージから乖離して距離を置いていることは、どんな意味を持っているのだろうか? 見るからに善良そうに見える佇まいとは裏腹に、スパークスの音楽にはタブーを破ってくれる痛快さがある。ロックの初期衝動が内在しているのである。ザ・フーのピート・タウンジェントはステージでギターを叩き壊し、キース・ムーンはドラム・セットを叩き壊した。ではピアノ奏者はどうするか?「ボクはビックリしたいんだ。あのヤンキーお得意の、ボーイ・ミーツ・ガールの物語はどこにいってしまったんだ」と歌う「Big Surprise」の1977年のテレビ・ショウの映像を観てみよう。



タブー破りというと、いまアメリカの音楽家が最も言ってはいけないと思われる言葉を、あえてタイトルに持ってきたラブ・ソング「ベイビー、ベイビー、君の国を侵略してもいいかな?((Baby Baby) Can I Invade Your Country)」を聞いてみよう。



このようにシリアスな題材をユーモア溢れるやり方で表現する一方で、スパークスの歌詞には、一見するとナンセンスに捉えられかねない、意味の解読の困難なスタイルのものもある。1982年のアルバム『パンツの中の用心棒(Angst in My Pants)』には特に顕著であるが、誰もが知っているポップ・アイコンから、執拗なリフレインによって別な意味を引き出そうとする試み、「Micky Mouse」「Tazan and Jane」「ヒゲ(Moustache)」などがある。世界中のどのバンドが「即席減量法(Instant weight loss)」というタイトルとテーマで、一曲を仕上げようと発想できるだろうか? 2008年のアルバム『Exotic Creatures Of The Deep』収録の「Photoshop」 もそうである。ニューアルバムには「そのクソッタレiPhoneを置いて、僕の話を聞いてくれ」と歌う「iPhone」という曲もある。アダムとイブの物語まで遡って、ヘビのような存在としてiPhoneを扱っているのが彼ららしい。



ロン・メイル「僕たちはスタイルの信奉者なんだ。鈴木清順の映画に似ているかもしれない。それはある種のポップ感覚のようなものだ。表現の内実をスタイル(形式)が押さえ込むという」

一見すると意味のない言葉、例えば「B.C」という曲では、Aaron、Betty、Charlie、という3人の家族の頭文字から発想された曲であるが、一度、ABCと言ってしまったら、もうあとは意味や物語を超えて、ABCを成立させる言葉の連なりが疾走していくという作りになっている。家族をめぐる別離の物語、という枠(フレーム)はかろうじて残るが、そこには早口でまくし立てるスパークス特有のスタイルのみが浮かび上がる。



B.C.

僕はアーロン、彼女はベティ、僕たちの息子はチャーリー、だから近所の人はこう言う、「フレー!ABC」と。

およそロック・ミュージックの歌詞とは思えない世界観と叙述である。とにかく早口でまくし立て、言葉の情報量が多い。彼らのレコードの歌詞カードは常に小さい文字でもビッシリで、一枚の紙に収まりきれないものだった。

さて、今回は彼らの歌詞にフォーカスをあてて、バンドが扱うテーマやコンセプトを解析してきたが、もちろんサウンドや楽曲の面白さも特別なものだ。それは別な機会に譲りたいが、今回のニューアルバム『A STEADY DRIP, DRIP, DRIP』では、さらに音作りの斬新さを推し進めて、彼らのキャリアの中でもポップと実験性がとても良いバランスで両立している。おそらく今年中か来年のはじめには、上記で触れた映画が公開となり、それがきっかけとなってまた新たなファン層を獲得することになるだろう。常に新作が楽しみであるバンドというのも珍しいが、初めて彼らのことを知った方々は、50年分のキャリアが丸々と新作のように楽しめるわけで、それは古くからのファンにとっては羨ましいことではある。

【関連記事】スパークスとエドガー・ライト監督が語る、最新ドキュメンタリーと謎多きバンドの50年史


Photo by Anna Webber




スパークス
『A STEADY DRIP, DRIP, DRIP』
発売中
https://silentrade.lnk.to/drip

日本公式ページ:
https://wmg.jp/sparks/
https://magniph.com/sparks


『スパークス・ブラザーズ』
公開表記:4月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
Twitter:@Sparks_Movie
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