XTCのアンディ・パートリッジが語るコロナ感染、バンド末期の記憶、災難続きの屈折した人生

『Wasp Star』制作背景とXTCの終焉

―『Wasp Star』は、私が最初に聴いたXTCのアルバムでした。一般的には、XTCの最高傑作とは見られていませんが、私にとっては一番好きなアルバムです。

アンディ:本当かい? きっと君は「イケてない」組だったんだね。あの作品は、世間からあまり評価されなかった。ふつうはふるい落とされる。たいていはワースト1位か2位だね。(1978年の)『Go 2』と『Wasp Star』が、若者の間でもっとも不人気の2作品だ。

ただ、自分としてはかなり満足している。あれを出したばかりのころは、ちょっと落ち込んだ。でも、どちらかというと(ギタリストの)デイヴ(・グレゴリー)との個人的な確執のせいだろうね。それが作品にも少々表れたのかもしれない。彼はアルバムが完成する前に脱退したからね。だけど、いいアルバムだと思うよ。すごく力強い曲もあるし、エレキギターが炸裂した、ポップな作品だと思う。

―このアルバムを制作するころには、オリジナルメンバーはあなたとコリン・モールディングだけでした。そのことが、制作にどう影響したと思いますか?

アンディ:僕はずうずうしいことに、(デイヴが脱退する前に演奏したギターアレンジを)かなり多用した。「ほう、デイヴはこういう風にするつもりだったのか」と思いながら、リフやらパッセージやらなにやらをちょっとずつね。でもデイヴが脱退したから、アルバムには使わなかった。デイヴが去った時、かなり後味の悪い思いをしたんだ。それで、「よし、これらは全部なしだ、彼がやろうとしていたことを再現しよう、似たような感じでもいい、彼と同じくらい、いやそれ以上良いものを作ろう」となったんだ。

でも、自分をあそこまで追い詰めたことに関しては誇らしかった。「チャーチ・オブ・ウィメン」のソロとかね。そりゃあもう、自分をほめてやりたかった。他の曲にもいくらかそういうところがあって、「ワオ! もしかしたらデイヴがいないおかげで、僕の頭も冴えたんじゃないか」って思ったよ。「デイヴがいたらどうしていただろう?」じゃなく、「あそこはどうにかしたいな」としか考えていなかった。

―アルバムの楽曲の多くは90年代に書かれたそうですね。曲ができた経緯と、2000年に向けて修正した点を教えてください。

アンディ:実際に何があったかというと、ヴァージンの下で(1992年の)『Nonsuch』を制作した後、ヴァージンがプロモーションをミスったんだ。奴らがシングル「ラップド・イン・グレイ」の息の根を止めたようなものだ。それに僕の事情で、ライブツアーもやっていなかった。これ以上ライブツアーはやりたくなかった。ただ曲を書いて、スタジオで作業したかったんだ。

デイヴ・グレゴリーがある日こう言った。「なあ、労働環境が気に入らないときに他のみんながやってることを僕たちもやればいいんじゃないか? ストライキしたらどうだろう?」 ふざけていたのか、ジョークのつもりだったのかは分からない。でも僕は「そいつはいい考えだ」と思った。「その通りだ! ストライキしようぜ!」と言った。で、実際にやったってわけさ。それが5年近くも長引いた。向こうがなかなか僕たちを手放してくれなくてね。その間、曲をリリースできないってことは分かってた。もしリリースすれば、その曲の権利は永久に奴らのものになるからね。



―それでも、曲は書いていたわけですね。1999年の『Apple Venus Volume 1』と『Wasp Star』の違いについて少し教えてください。最終的には、自身のレーベルCooking Vinylからリリースしたんですよね。

アンディ:オーケストラを入れたいなと思ったんだが、オーケストラってのは高い買い物なんだよ。いわば、最高級のコールガールを雇うようなもんさ。1日3万ポンドの世界だよ。でも、どうしても作品に、オーケストラの音色や感触やサウンドが欲しかった。

それで、オーケストラのサンプリングがたくさん入ったサンプラーを自前で買った。Emulatorというサンプラーだった。僕は鍵盤弾きじゃないからさ、ものすご下手くそなんだ。鍵盤を1本指で弾くだけで十分、って感じだから。だけど、どういうわけか思い込んだんだな、「そうとも、アルバムを作るならこれがないと」って。

それから数年かけて、「イースター・シアター」や「アイ・キャント・オウン・ハー」や「ハーヴェスト・フェスティヴァル」を作った。基本的には、『Apple Venus Volume 1』の大半を自前の機材で作った。それで思ったんだ。「OK、もうオーケストラのことを考えるのは飽きたな。そろそろエレキギターに戻ってかき鳴らしたいな」ってね。



―それで『Wasp Star』ではギターに戻ったわけですね。でもなぜ、5年間の空白に書き貯めた曲を全部まとめて1枚の超大作アルバムとしてリリースしなかったのですか?

アンディ:僕はフレイバーをミックスしないのが一番だと思った。牛肉とアイスクリームは一緒にしないほうがいい。最高にうまい肉料理を食べて、それが終わったら最高にうまいアイスクリームを食べようぜ。コリンも同じ考えだったが、デイヴは違った。

デイヴは少し苛立って、こう言った。「おい、なんで出来のいい曲を集めて1枚のアルバムにしないんだよ?」 それで僕はこう言った。「それだと、単なる『Nonsuch 2』じゃないか。エレキのパートと、アコースティックとオーケストラが半々になる。僕は『Nonsuch 2』にはしたくない。ミッシュマッシュ(ごちゃ混ぜ、寄せ集め)は前にもやったじゃないか。オーケストラ色の強い曲がこれだけあるんだから、それを全部まとめようじゃないか。それはそれでひとつの作品にしよう。そしたら、まだエレクトリックの楽曲がこれだけ残ってる。今度はそれをまとめれば、それはそれでアルバムの色が出せるだろう」って。

Translated by Akiko Kato

Tag:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE