松田聖子、新世代の作家陣起用と女性主人公の成長を描いた1984〜88年



1988年5月のアルバム『Citron』より「抱いて…」。タイトルにインパクトがありましたね。でもこの曲はシングルじゃないんです。この曲も、ですね。シングルは『Marrakech~マラケッシュ~』。それでもこの曲が聖子さんのキャリアの中でも、一つのエポックメイキングな曲として残っている。もう大人のAOR。日本の歌謡曲じゃないですね。こうやってずっと聴いてきて分かること、聴いてこないと分からないことがたくさんあるんだなあっていうのが今月改めて思っていることなんです。聖子さんは、1980年代の女性の生き方をずっと辿っている。彼女自身がそうだったこともあるんでしょうけど、少女から大人になっていく、女になっていくという過程が作品として残っていますね。1981年から1988年という松本隆さんが書いた7年間。これは日本のバブルに向かっていく社会の中で、女性が一番輝いていた時代と言っていいんだと思います。それを反映している。それは松本隆さんがちょっと先に石を投げてきたということもあるんでしょうが、彼女自身がそうさせたくしてきたんじゃないかと思いましたね。彼女の音楽的な向上心、野心がなかったら、周りがいくらお膳立てしても形になりません。それを可能にしたのは松田聖子さんの、音楽に対しての強い情熱と言ってしまいましょう。さっきちょっと話した『SOUND OF MY HEART』はニューヨークでの録音で全曲英語だったんですが、今作はロサンゼルス録音で、英語の曲は2曲だけ。向こうの人が書いた曲に松本隆さんが詞をつけているんですね。『SOUND OF MY HEART』を越えるんだっていう思いが、彼女の中にも、周りの関わった人にも、全員の意思としてあったんだというアルバムでしょうね。デイヴィッド・フォスターが曲を書いて、松本隆が詞を書いた。そんな曲をもう一曲お聴きいただきます。



1988年5月のアルバム『Citron』の最後の曲「林檎酒の日々」。すごいでしょう、これがアルバムの最後の曲なんですね。別れの歌ですよ、「もうさよならね」と歌っております。1981年から続いてきた松本隆さんとのコンビが終わったアルバムの最後。もうさよならね、という歌詞は松本さんから聖子さんに向けた言葉という風に聞けない事もないなと思います。このアルバムには「続・赤いスイートピー」という曲もある。これは「赤いスイートピー」の、半年経っても手を握らなかった"あなた"とのその後のお話ですね。結局二人は上手くいかなかったんですね。それでもう一度あの駅を訪ねるという歌ですよ。そこで上手くいかなくて、別れてしまったあなたは結婚しているという噂を聞くんですね。優しいあなたには女らしく優しい人がいい、と歌っている。もう1980年代前半のあそこに私はいないんだっていう歌でもあります。

Rolling Stone Japan 編集部

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