NYの三つ星レストランが炊き出し施設に変身、シェフが語る飲食業界の未来

ハム氏の強い決意

ハム氏も、Eleven Madison Parkでの最初の数年間について考えていた。その頃は毎朝6時30分には厨房に立って仕事に取り掛かっていた。「不思議なもので、今の気持ちと非常に似ているんです」と、しばらくぶりに鴨専用冷蔵庫のない古い厨房で作業することになった、Rethinkとの再出発について語った。3月末からはニューヨーク中の炊き出しを見て回り、運営方法を学んだ。

ハム氏にとって苦しい時期だった。スタッフが茶色のテイクアウト用の紙箱に料理を詰めるようになる前の日、ハム氏はUberでブルックリン・ネイビーヤードにあるRethinkの本部に向かっていた。そのとき、彼の携帯がメールで溢れた。

「おい、聞いたか?」。ハム氏はメールの文面を思い起こした。「さっきフロイドが亡くなった」。フロイド・カルドス氏はハム氏の親友だった。彼のレストランTablaは長いこと、Eleven Madison Parkの隣で営業していた。「全身の感覚がなくなりました」と、カルドス氏の訃報を聞いたときのことを語った。

Uberの後部座席に座る間、彼の頭の中はグルグル回り始めた。彼はマスクを着けていなかった。着けるべきだろうか? 手袋は? もしかしたら運転手は感染しているかもしれない。彼の前に乗った乗客はどうだったろう? Uberがネイビーヤードに到着し、彼は下車した。前にも来たことがあるが、何もかもが違って見えた。「ただただ立ち尽くしていました」と彼は振り返る。「正直、どうやって前に進んだらいいかわかりませんでした。あれは本当に、本当につらかったです。他に誰もいなくて、寒くて、どこもかしこも灰色でした。自分がどこへ向かっているのかもわからなかった。ただショックで、身体が動かなかったんです。あの瞬間は一生忘れないでしょう」

彼はなんとかチウ氏に電話を掛けた。そして自分がここに来た理由も思い出せた。自分の店は閉鎖したが、スタッフのほんの一部の少ない人数での炊き出しでも、人々に食べ物を提供することは出来る。「とにかく、それが自分のやるべきことだったんです」とハム氏は言う。「このまま突っ立って死んでいくか、それとも前に1歩踏み出すか。要するに、ひたすら前に進み続けるだけ。進み続けるしかないんです」

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Translated by Akiko Kato

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