NYの三つ星レストランが炊き出し施設に変身、シェフが語る飲食業界の未来

シェフのダニエル・ハム氏。2020年4月、Eleven Madison Parkの厨房にて (Photo by Andrew White for Rolling Stone)

米ニューヨークのレストランEleven Madison Parkの厨房には、鴨専用の冷蔵庫がある。頭部をフックで吊られて1列に並んだ鴨たちは、蜂蜜とラベンダーを摺りこまれ、モダンアートの如く皿に並べられるのを待っている。

鴨料理は、ダニエル・ハム氏の自慢の一品。2006年に引き継いだマンハッタンのブラッスリーを、世界有数の高級レストランへと変貌させた男だ。3時間かけて食事をとるタイプの店で、予約はコンサートのチケットのように購入しなければならない。

「カメラマンは皆これを撮りたがるんです」。4月上旬のとある午後、鴨専用冷蔵庫の隣に立ってハム氏は言った。彼が話しているのは、数週間前に終わりを告げた過去の生活のこと。Eleven Madison Parkを含むニューヨークの全てのレストランやバーが店内飲食営業を無期限で休業し、彼の目の前にあるガラスケースはまだジューシーな鴨で満載だった。今ではミッドタウンに無数にある量り売り惣菜屋で入れてもらうようなテイクアウト用の紙箱が山のように積まれている。箱の中身は――本日のメニューはボロネーゼパスタに、ブロッコリーのローストと自家製フォカッチャ。原価は人件費含め約5ドル(540円)。一時帰休を余儀なくされた300人の従業員を中心に選抜された12人の少数精鋭隊は、今日一日で3000食分を作ろうとしていた。市がコロナウイルスと戦う中、病院スタッフや必要としている人に食事を届けているNPO団体Rethink Foodと協同で行っている活動だ。活動が開始した4月1日、Eleven Madison Parkは飲食業界史上最高級の炊き出し施設となった。

【画像】厨房スタッフの手を借りながら、テイクアウト用の箱に料理を詰めていくダニエル・ハム氏(写真)

名高きニューヨークのグルメシーンがパンデミックに徹底的に打ちのめされた超現実的な例だ。およそ2万6000軒の飲食店と35万人の労働者は必死の思いで家賃を支払い、家族を養い、復職の見込みがあるか、そして3月に天災の如く襲来したウイルスに壊滅させられた飲食業界が、どこまで元に戻れるかと思いを巡らせている。世界で最も繁盛していたレストランの経営者ハム氏でさえ、パンデミック後の飲食業界にEleven Madison Parkの居場所はないかもしれないと覚悟している。だからと言って、彼が業界の未来創生に乗り気でないわけでは全くない。「世界は変わりました」と、柔らかなスイス訛りでハム氏は言う。「まだそれが理解出来ていない人がいるなら、こんなことを言うのは気が引けますが、変わったんです。しかし楽しみでもあります。これまではどこか型に縛られていたところがありました。今、我々の前にはこの上なく真っ白なキャンバスが広がっているんです」

Translated by Akiko Kato

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