パンデミックの衝撃、アメリカは「集団的トラウマ」をどう乗り越えるのか?

ウイルスだけではない――パンデミックの中での生活は、永遠に消えない傷を社会に残すだろう (Photo by Steve Sanchez/Pacific Press/Shutterstock)



収束後に語られるシナリオは誰の物語

加害者の特定ということになると、状況はさらにややこしくなる。確かにパンデミックの元凶は新型ウイルスだが、集団的トラウマの説明としては相応しくない。これだけ多くの命を奪い、経済に大打撃を与えた「悪党」が、少なくとも1人は存在しなくてはならないのだ。さして驚くことでもないが、現在のパンデミックの加害者が誰かという答えは人によって異なる。本来は支援を必要とする中小企業のために議会が割り当てた予算を、不当に受け取った大企業だと言う人もいる。既存の医療格差を悪化させ、パンデミック中に必要な治療を受けられない人が出る羽目になった利益重視の医療保険制度だと言う人もいる。現政権のパンデミック対応を非難する者もいる。その一方で、全ての元凶は中国だと言う者もいる。

今もうすでにパンデミックの加害者を特定する試みに政治的意思が働いているように見えるなら、11月の大統領選が近づくまで待とう。民主党も共和党も集団的トラウマを利用して自分たちの意見を展開し、我こそが大統領にふさわしいと主張するのはほぼ間違いない、とアレクサンダー博士は言う。民主党はパンデミックに対する大統領の対応――特に初期の数週間の対応――に集中砲火を浴びせ、リーダーを変えない限り傷は癒えない、と主張する一方、共和党は中国に非難の矛先を向け続け、民主党候補内定のバイデン氏を中国と結びつけようとするだろう。

自覚の有無にかかわらず、我々は過去の集団的トラウマや悲嘆を想起させる物体を絶えず目にしている。戦没者慰霊碑の前を日々何事もなく通り過ぎるが、わざわざ足を止め、そもそも碑が建てられることになった出来事について思いを馳せることはない。カステロー博士が監督したドキュメンタリー『Vamik’s Room』の中で、ヴォルカン博士は「我々は記念碑を建てる――胸の内に残るどんな感情をも、大理石や金属の中に閉じ込めるのだ」と表現した。 こうした碑は、喪失の経験を視覚的・空間的物体に繋ぎ止め、「言いようのない感情に具体的な形を与える」とカステロー博士は言う。「こうしたプロセスでは、自分自身を見つめ直し、悲しみや失望、罪悪感といった痛々しい感情を受け入れられるよう、内省することが重要です」

第一次世界大戦のトラウマにより、1918年のスペイン風邪流行の記憶は薄れたかもしれないが、アメリカ人が行った戦後の儀式――戦没者記念碑や建造物の建立――も、やはり集団として悲しみを整理する手段のひとつだった。「このような式典や建造物は、悲しみや追悼に重要な役割を果たしています」とショック=スパナ博士も言う。

同時に、追悼式は本質的に政治的行動だとショック=スパナ博士は言う。この先COVID-19のパンデミックを振り返り、犠牲になった人々を偲ぶとき、被害者の割合が多かった有色人種の人々の物語が語られるかは、まだわからない。「どのような記念碑に、誰の顔が代表になるか? 医師や看護師たちの英雄的自己犠牲を称えるのは、非常に容易な解釈です」と博士は語る。「医療分野の人々の犠牲を軽視するつもりはありませんが、比べ物にならないほど圧倒的な被害を受けた有色人種の人々の物語と比べると、そちらの方が世間には受け入れられやすいでしょうね」

銘板や記念碑で誰を追悼するかを決めるのは、現在進行中の公共衛生危機への対策ほど急を要するものではないだろうが、集団的トラウマへの今後と取り組みを左右することにはなるだろう。「記憶とは、実際に起きた出来事だけではありません。『実際に起きたことが、今の自分たちにどれだけ重要か?』ということなのです」とショック=スパナ博士。「生存者は我々です。私たちが、語るべき物語を選べるのです」

Translated by Akiko Kato

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