パンデミックの衝撃、アメリカは「集団的トラウマ」をどう乗り越えるのか?

アイデンティティ消失の恐怖

イスラエルの総合研究所で心理学の准教授を務めるギラッド・ヒルシュベルガー博士によると、集団的トラウマには様々な種類があるという。例えば9.11は非常に即時的で、ほとんどの事件は同じ日に起きた。事件の波及効果はその後もしばらく尾を引いたが、即時的な脅威は甚大だったものの、比較的短期間で終わった。しかしCOVID-19の場合は「9.11ほどインパクトは大きくないものの、かなり長引いています」とヒルシュベルガー博士は説明する。「中等度の脅威を、出口が見えないまま長期にわたって耐え忍ぶという恐怖と不安は、世界中の人々に大きな負担となります」

死や、パンデミックがいつどのように終わるかという長引く不安の他に、アメリカ人としてのアイデンティティへの打撃にも直面している。「多くの人々は個人として、家族として、そして恐らくは集団として、例えばニューヨーカーの一員として、心に傷を負っています」と言うのは、文化的・集団的トラウマを専門とする社会学の教授、ジェフリー・アレクサンダー博士。イェール大学の文化社会学センターの創設者であり、共同所長も務めている。「ですが、アメリカ合衆国という集団はとてつもない不確実さと不安感を抱えています。なぜなら私たちはアメリカが偉大な国――最も偉大な国だと考えて来たからです。そして今、自分たちよりも他の国々がパンデミックに上手く対処しているのを見て、自分たちは何者なのだろう? という疑問が湧き上がっているのです」

1918年のスペイン風邪大流行が発生したのは1世紀以上も前だが、感染流行に対する我々アメリカ人の不甲斐なさへの衝撃は、当時も今と似たようなものだ。「現時点ではどんな治療薬も、ワクチンもありません」とヒルシュベルガー博士は言う。「このウイルスを撃退する術が自分の免疫以外ない今、まさに全ての老若男女が独りでウイルスと対峙しています。これは不安で恐ろしいだけでなく、我々現代人は自然の脅威を克服出来た、という幻想をも打ち砕きます」。その証拠はすぐ目の前にある。ソーシャル・ディスタンシングや集会の禁止は、1918年にも主なウイルス拡散防止策として採用された。「唯一、当時にはなく今はあることは、近い将来に治療薬やワクチンが出来るだろう、という希望です」と博士は付け加えた。

Translated by Akiko Kato

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