いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが

僕の住むブルックリンにはネッツというNBAのチームがあって、ちょうど2年前、このチームに所属する中国系のジェレミー・リンがドレッドロックスにしたところ、ケニオン・マーティンという引退した名選手がインスタで、「黒人になりたいのか? って誰かこいつに言ってやれ。なれるわけない、止めさせろ」と吹っかける騒ぎがあった。

リンはすぐにウィットの利いた返事をして、おかげで世論はケニオンのほうこそレイシスト、という方向で落着したんだけど、ケニオンみたく受け取る人は少なくないだろうし、ちょうどその頃カルチュラル・アプロプリエイション(文化の盗用)という単語がひんぱんに使われ出して、リンの髪型も当初はカルチュラル・アプロプリエイションだと指摘されたので、もし自分がそう言われたらやだな、そしたら「これはカルチュラル・アプリシエーション(文化への謝意)なんだ」と返そう、なんて心のなかで用意したりしていた。

結果的には杞憂も杞憂、そんな機会はただの一度も発生せず、親しい人からも知らない人からも、現場でも電車でも街場でも、ただただ褒められ、ハグされ、「上手いな、どこのサロン?」と訊かれる日々だった。実のところ一時帰国中の中目黒でやってもらったので、その返答には窮したけれど(笑)。

なにより、これまで自分のバックグラウンドやモチベーションを説明するにはそれなりに言葉とカロリーが必要だったのに、その手間がすっかり省けたのは楽だった。「ワハハハハ、なんでお前がここにいるのか、俺はもう知ってるぜ」ってな具合。

そんなドレッドだけど、半年くらいでほどいてしまった。。第一には毎日大量の毛がブチブチ切れていくのに恐れをなしたというのがある。僕の毛根から新たに伸びてくる地毛はアジア人の直毛で、これはロックしない。すると直毛の先に棒がダランと垂れ下がってる状態になって、その毛と棒の境目にストレスがかかってどんどん切れてくるのだ。

切れ毛だけじゃなくて、この「いくらドレッドを作ったところで根元から直毛が生えてくる」って現象が、当時とにかく黒人のコミュニティと彼らの音楽にアジャストしようとしていた自分への皮肉のように思えてきて、ちょうどその時期、参加しているプロジェクトをクビになって落ち込んでたこともあって、いたたまれなくなったある晩、リンスをぶっかけて全部ほどいてしまった。

海外で音楽を試みる日本人なら誰もが、現地の音楽やコミュニティに対する憧れの気持ちと、どうあがいても自分がジャパニーズである現実とのコンフリクトに直面し、各自で何らかの落とし所──マーティ・フリードマンになるのか、ジェロになるのか、ジム・オルークか、レディビアードか──を見出していくんだけど、僕はそこに何年も蓋をして考えないように回避してきた。とうとう直面させられたのが髪型のせいだったなんて、あまりにバカっぽくてちょっと笑ってしまう。



唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」

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