米音楽業界、コロナ禍におけるレコード契約の実情

インディーレーベルはメジャーよりも有利?

新人発掘の大半がオンラインで行われる現在でも、アービジーを含むA&Rの大半は、日常生活の中で偶発的に才能あるアクトと出会い、鍛え上げたその嗅覚が反応するというシナリオを好む。前者を出会い系アプリに例えるなら、後者はスーパーでのロマンチックな出会いのようなものだ。「あるクルーズ船でのチャリティーイベントに参加したときに、私はAJ・ミッチェルの演奏を偶然耳にしました」。アービジーはそう話す。「そういった形での出会いは今でもあります。真のマジックはそういう運命めいた出来事から始まる、私はそう信じています。あの場では誰も彼に関心を払っておらず、レコード契約のことなどまるで頭にないようでした。私が彼と契約を交わしたのは約10カ月後で、その時点では誰もが彼に注目していましたが、私たちは既に信頼関係を築いていました。クルーズ船で出会った翌週の月曜に彼が私のオフィスを訪れて以来、私たちは毎日会話を交わしていたんです」

言うまでもなく、現在レコード会社が直面しているのはレコード契約の問題だけではない。ガンズバーグによると、多くのレーベルの重役たちは現在、新規アーティストとの契約後にすべきことを実施できずにいるという。「ショーケースイベントの開催、ラジオ出演、ローリングストーン誌本社での取材など、できないことばかりです」。彼はそう話す。「今は何もかもがバーチャル空間で行われています」

ルイスは楽曲制作のプロセスについて、「リモートレコーディングへとスムーズに移行できたのは、一流中の一流とされる人々だけ」だとしている。アーティストを支えるチームのメンバーたちは、普段のように小さなスタジオに集まって仕事に取り組むことができずにいる。中堅クラスのポップ系アクトたちはプロ用機材の導入やサポートを得られるだろうが、それでも既に自宅にホームスタジオを構えているビッグスターたちのようにはいかない。「彼らは早急に、遠隔作業でのヴォーカル録音のノウハウを知り尽くしたプロデューサーを見つけなくてはなりません」。ルイスはそう話す。「スタジオがどこも閉鎖している今、彼らに必要なのは人材ネットワークです」

アービジーが所有するホームスタジオでは、クローゼット内に吊るしたブランケットの前にマイクを設置し、レコーディングにやってくるアーティストがオフィスの通用口から入れるようにしているという。「状況に応じてアレンジできるようにしているんです」。彼はそう話す。

大規模なA&Rチームを持たないインディーのアーティストたちは、より柔軟な姿勢を見せている。自身のラップトップだけで作業を完結させるアクトも多く、TuneCoreやVydia、CD Baby、Soundrop、United Masters、Ditto等のDIYプラットフォームでは需要が軒並み増加しているという。

インディーレーベルもまた経営方針の変更を迫られているが、大企業のように膨大なタスクを抱えていない分だけ、契約や作品のリリースにより柔軟に対応することができている。

「私たちは精力的に稼働し続けていて、最近ではEvann McIntoshと契約したことにとても興奮しています」。そう話すのはコートニー・バーネットやトム・モレロ、スリーター・キニー等を擁するMom + Popの創立者兼共同オーナーのマイケル・ゴールドストーンだ。「ものすごく才能に恵まれた彼女はカンザスに住んでいるのですが、会いに行く直前にロックダウンが始まってしまったため、私たちはまだ対面できていないんです。私たちはこれまで通り、自分たちの美学に沿って積極的にレコード契約を結んでいくつもりです。A&Rのプロセスが変わるなら、それに順応するだけです」



ゴールドストーンはさらにこう付け加える。「そういった過程において、インディーであることが有利だということは確かです。あらゆる決定を自身で下せるわけですから」

時間に余裕ができたガンズバーグは現在、より多くの音楽を聴き、前向きであり続けているという。「アーティストたちは音楽を生み出し続けています。それを聴いて契約の可否について判断するという、私たちの仕事は変わりません」。彼はそう話す。「そう遠くないうちに新しいアーティストと契約を交わすでしょうが、当然クオリティを求めます。アーティストとレーベルが相思相愛になるまでの過程が、今後はバーチャル空間で行われるというだけのことです」

Translated by Masaaki Yoshida

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