17世紀に実在したオランダ人格闘家、ニコラス・ペターの謎

謎に包まれたペターの流派や師匠の存在

同書にあるテクニックの多くは、21世紀においても有効だ。関節技の入り方ではポジショニングが解説されているし、寝技で下から相手を引き込む、今日でいうガード・ポジション(に近いもの)が紹介されているのに驚かされる。

ナイフを持った相手の手首に前蹴りを入れるというのも、かなりの先進性を感じさせる。“蹴る”という行為は先史からあり、インドのカラリパヤットやタイの古式ムエタイなど東洋では腰から上を蹴るミドル〜ハイキックがあったが、ヨーロッパではかなり珍しく、フランスでサヴァットが普及するのはずっと後になってからだ。

さらに大外刈りや巴投げ、四方投げなど、後の日本武道に似た技も紹介されている。当時の日本は鎖国しながらもオランダと通商があったが、オランダの医学が“蘭学”として日本に伝わったように、日本の武道をペターが修める機会があったのでは?……とファンタジーが拡がっていく(実際には可能性は低いが)。

それにしても謎なのは、ペターが誰からどのような形でこれほどソフィスティケートされた格闘技術を修得したか、である。彼にリュクトリウスの心得があったことは確かなようだが、その師匠や流派などは明らかになっていない。近年イェローム・ブラネスが著したペターの評伝『Nicolaes Petter: Wrestler & Wine Merchant World’s First Self-Defence Author』(2010年初版、2013年改訂増補版)にはバス・ルッテンが序文を寄せているが、「彼には師匠がおらず、独学だったらしい。俺もMMA(総合格闘技)は独学だった」と記している。



ペターの出身地であるドイツには古くから“リンゲン ringen”と呼ばれる徒手格闘術があり、1659年にはヨハン・ゲオルグ・パッシェンが『Vollstandiges Ring-Buch』という技術書を著している。こちらは高度な技術よりも“顔面への頭突き”や“両手の親指を相手の口に入れて左右に引っ張る”などエグい技が紹介されているが、ペターの原点にリンゲンがある可能性も考えられる。

ペターのテクニックは、著書『Klare Onderrichtinge Der Voortreffelijke Worstel-Konst』は1814年にはドイツ語版が刊行される(ただし銅版画は収録されていないらしい)など、その没後も長く伝えられてきた。日本でも本書の図版の一部が初見良昭著『世界のマーシャルアーツ』(1987年/土屋書店 現在も新装版を入手可能)で紹介されており、現代においてもそのテクニックは有効なものとされている。

なおペターは声の高さでも知られており、ハイトーン・スクリームによってワイングラスを割ることが出来たという。なんだか嘘臭い話だが、ドイツのロストック大学のダニエル・モルホフ教授が目撃しており、それを記した書簡が残されている。謎の多い格闘家ペターならではの、謎めいた逸話だといえる。


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