「フォートナイト」とエピック・ゲームズから音楽業界が学ぶべきこと

・音楽とゲーミング、そしてAIにおけるTencentの戦略とは

中国のTencent Holdingsは、年間数十億ドルの利益を上げるエンターテイメント企業エピックの少数株主だ。この名前に聞き覚えはないだろうか?

Tencentは2012年に、エピック・ゲームズの株の40パーセントを3億3000万ドルという破格の値段で取得した。それはフォートナイトが発売される5年前であり、同作の世界的ヒットなど予想できなかった頃のことだ。あるレポートによると、エピックは2018年までに年間30億ドルの利益を計上するようになっていた。

Tencentは今年の初頭、世界最大の音楽著作権企業であり、2019年には税引前利益12億6000万ドルを計上したユニバーサル・ミュージック・グループの株10パーセントを取得した。同社は現在、その数字を20パーセントにまで引き上げることを検討している。ユニバーサルがTencentを、中華圏における収益を最大化させるために不可欠なパートナーと見なしていることは明らかだ(UMGの親会社Vivendiはそう公言している)。Tencentがユニバーサルに何を求めているのかは不明だが、筆者の推測は多くの人々を激しく動揺させるに違いない。

まずはエピックに話を戻そう。ノースカロライナに拠点を置く同社は、今や単なるゲーム企業ではなくなっている。ソーシャルメディアにおけるプレーヤーとして台頭しつつある同社は昨年、アプリのHousePartyとそのデベロッパーのLife On Airを買収している(買収額は公表されていない)。新型コロナウイルスの影響によるロックダウンを受けて、その他のビデオ会議プラットフォームと同様に需要を大きく伸ばしているHousePartyは、世界中で毎週200万回ダウンロードされている。英国とニュージーランド、そしてカナダにおいて、HousePartyはフリーのiOSアプリとしては最多ダウンロードを記録している。

「同じレーンにとどまり続けない」というその姿勢を、音楽業界は見習うべきだろう。レーベル各社は好調なストリーミングによる収益の一部を、将来的にTikTokやInstagramに匹敵する可能性を持ったプラットフォームに投資すべきだ。しかしここには、もうひとつ重要な教訓がある。それはエピック・ゲームズとその戦略パートナーであるTencentの今後、そして未来のデジタルエコシステムにおける音楽の役割に関することだ。

2019年1月、エピック・ゲームズは「デジタルヒューマンテクノロジーにおける最重要デベロッパー」とされる、セルビアに拠点を置く3Lateralを買収した。エピックは同社について、「データの活用により、以前では考えられなかった人間を生み出している」としている。大胆な発言だが、それにはもちろん根拠がある。

話が飛躍してしまうが、もしも「不気味の谷現象」を克服し、人間ではないポップスターを生み出すことができる企業があるとすれば、それは3Literalであり、その親会社のエピック・ゲームズだ。アメリカのスタートアップBrudが生み出した人工知能ベースのバーチャルシンガーLil Miqueldaは、カニエが太鼓判を押す女性シンガーのテヤナ・テイラーと最近コラボレートし、Instagramのフォロワー数は200万人を突破している。新型コロナウイルスによるロックダウンはより多くの人々をヴァーチャルの世界へと引き込んだが、エピック・ゲームズとその株40パーセントを保有するTencentは、この分野をネクストレベルへと引き上げようとしているのではないだろうか?



ロイ・ロマンナがCEOを務めるVydiaは、カニエ・ウェストやエイコン、ポスト・マローン、リル・パンプ等をクライアントとするデジタルディストリビューションおよび関連サービス企業だ。彼もまた、ユニバーサル-Tencent-エピックという結びつきに注目しているという。「音楽業界の人々はTencent Holdingsに注目しており、特に音楽関連の動きを注視していますが、ゲームとの関連付けを模索する動きは非常に活発になっています。コロナ後の世界において、コンサートやマーチャンダイズがますますバーチャル化していくのだとすれば、今から5年後にこの会話が非常に重要な意味を持ってくるかもしれません」

それには5年も必要としないかもしれない。なぜなら、例えばTencentがエピック・ゲームズ(および「デジタル・ヒューマン」の第一人者である3Lateral)のテクノロジーと、ユニバーサル・ミュージック・グループが持つ無数のヒット曲の出版権を、フォートナイトという舞台でリンクさせようとするとどうなるだろうか? 権利問題に悩まされることなく、人々に愛される無数のクラシックを自由に歌えるバーチャル・ポップスターが出現するのではないだろうか?

仮説は他にもある。レコード会社がアーティストというよりも曲そのもの(「オールド・タウン・ロード」「Roxanne]」等)に群がる傾向がある現在、無慈悲なまでにストリーミングチャートの結果に執着するレコード業界は、いつか生身のパフォーマーたちを完全に切り捨ててしまうのではないだろうか?

さすがに話が飛躍しすぎたかもしれない。Tencent Holdingsが部分的に所有する企業が監視するバーチャルの世界において、超有名ラッパーの事前にレコーディングされたパフォーマンスに約2800万人が熱狂するという出来事が、筆者にそういった極端な発想をさせた原因であることは確かだ。

昨年フォートナイトでマシュメロのコンサートを開催した際に、エピック・ゲームズのCEOのティム・スウィーニーはこう語っている。「ゲームに組み込まれたクリエイションツールを活用すれば、よりディープな企画も実現可能です。今後ゲームはより開けたプラットフォームとなり、クリエイターたちはそこに独自のコンテンツを作ることができるようになるでしょう。将来的には私たちとの打ち合わせなしで、あらゆるミュージシャンがこういったコンサートを開催できるようにしたいと考えています」

「あらゆるミュージシャン」の中には、おそらく人間以外の存在も含まれるのだろう。コロナウイルスによるロックダウンがもたらした誇大妄想という見方をされるかもしれないが、フォートナイトが今や単なるゲームではないことは確かだ。トラヴィス・スコットに尋ねれば、彼はきっとこう答えるだろう。それは全世界規模でソーシャルメディアの真価を発揮させる、非生物たちのセカンドライフなのだと。

私たちは既にエピックの世界に生きており、誰もがその一部になれるのだ。

筆者:ティム・インガム
2015年から音楽業界のニュース、分析、採用情報等を発信しているMusic Business Worldwideの創業者兼発行人で、ローリングストーン誌にウィークリーベースでコラムを執筆している。

Translated by Masaaki Yoshida

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