なぜ苦しんでいる人をさらに批判するのか?「公正世界仮説」とは

しかし、当然ながらそのようなやり方で、上部だけ世の中の公正さを維持し、それによって被害者がさらに傷つけられて良いはずがありません。こうした例は、いじめの問題などでもよく現れます。いじめのような理不尽な事態は公正な社会にはあってはなりません。もし自分がそのような目に遭うならば、それは恐怖です。そして、それに対して自分が無力であると思い込んだ場合、「公正な社会」を維持するために「いじめられる方にも悪いところがあったに違いない」、「仕方がないことだ」と考えてしまうのです。

また「努力は必ず報われる」という信念も、時にこの公正世界仮説の暴走を生じさせることがあります。努力が報われない世の中は不安です。努力をすればそれ相応に確実な未来を得られると考える方が安心します。その信念と安心を維持するために「失敗した人は努力が足りなかったに違いない」と考えて非難するのです。誰かが暴漢や痴漢に襲われてしまった時や、病気にかかってしまったときも、何の落ち度もないのにそのような理不尽な苦しみを受けるということは、人にとって不安であり、恐怖です。そこで、被害者に何か悪いところがあったに違いないと思うことで、安定が得られるのです。無闇な自己責任論にはこの公正世界仮説がある場合があります。

公正な世界を信じること自体は、心の安定をもたらしたり、未来志向や目標達成の意欲につながったりと、良い面もあります。しかし、それが被害者を更に叩くような方向に向かってはなりません。この連載のタイトルは『世界の方が狂っている』ですが、狂っている世界を公正な世界であると無理に解釈してしまうことは、多くの人を傷つけ壊してしまいます。冒頭で紹介した感覚ピエロの「感染源」では次のようにも歌われています。「人を助けられるのは人です 人を傷つけるのもまた人です 君はどっちになりますか」



<書籍情報>




手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/




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