ビートルズ伝説の幕開け、『プリーズ・プリーズ・ミー』完成までの物語

午後1時〜2時30分:ランチタイム

当時のスタジオでは、午前中のセッション終了後の90分間はアーティストとスタッフのランチタイムを取るのが通例だった。しかし今回はバンドのスローペースのせいでスケジュールが大幅に乱れていたため、別のプランに切り替える必要があった。「休憩すると告げたが、彼らは残ってリハーサルを続けたいと言うんだ」とランガムは『ザ・ビートルズ・レコーディング・セッションズ』の中で証言している。「ジョージ・マーティン、ノーマンと僕は、近くのヒーローズ・オブ・アルマへ行ってビールとパイのランチタイムを取ったが、彼らはスタジオに残ってミルクで済ませていた。僕らが戻った時、彼らは演奏を続けていた。信じられない光景だった。ランチタイムも休まず働き続けるグループなんて、それまで見たことがなかったんだ」

午後2時30分〜3時15分:「蜜の味」

レコーディングを進めたいバンドのメンバーたちは、当時のステージでのセットリストから、もう少し演奏し慣れた楽曲に集中することに決めた。そこでこの日最初のカヴァー曲として、前年にレニー・ウェルチがリメイクしたR&Bバージョンのポップ・スタンダード『蜜の味』を選んだ。エプスタインとマーティンはふたりとも、ノリの良いロック曲と並んで洗練されたアダルト・コンテンポラリーのバラードを収めることで、バンドの多様性をアピールできると考えていた。それは戦前のメロディ好きを公言するマッカートニーも同様だった。「いい曲が多かった」と彼は言う。「僕らがその時代の曲に通じていたことで、バンドがもっと多彩になれる可能性が広がった」

5テイクをレコーディングしたが、その内2テイクはライヴで演奏しながら歌い、最後まで完了せず途中で終わっている。5テイク目を仮にファイナル・バージョンとした。



午後3時15分〜3時45分:「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」

「デビューアルバムの『ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット』は俺の曲だ」とハリスンは『アンソロジー』の中で主張している。さらに「ここでの自分のヴォーカルは気に入っていない。どういう風に歌ったらいいかわからなかったんだ。誰も教えてくれなかったし」とこぼす。

レノンは、子ども時代の亡き母との思い出にまつわる多くの曲を書いている。「彼女は喜劇女優で歌手だった」と1980年、死の直前に行われたプレイボーイ誌のインタヴューで語っている。「プロ級ではなかったが、パブのステージでそんなことをしていた。彼女の声は素晴らしかった。この曲は、ディズニー映画で使われていた曲の歌詞“Want to know a secret? Promise not to tell. You are standing by a wishing well”にヒントを得て作ったんだ」という。レノンのいうディズニーの曲とは、1937年にウォルト・ディズニーが初めて映画製作に関わった『白雪姫』の挿入歌「私の願い」(原題:I’m Wishing)である。レノンは、短調のスローなイントロを自分の作品に取り入れたが、これはディズニーの楽曲からのインスピレーションか、あるいは同様のテクニックを使って当時ヒットを飛ばしていた人気の作詞・作曲家キャロル・キングとジェリー・ゴフィンに倣ったものかもしれない。

2度の失敗の後、ビートルズは4つの完全なテイクをレコーディングし、テイク6をベスト・バージョンとした。さらにマーティンの勧めで、レノンとマッカートニーによるメロディ部分の“ドゥー・ダー・ドゥー”というバッキング・ハーモニーと、ブリッジ部分の裏に聴こえるスターのスティック・タップのオーバーダビング用に2テイクを演奏し、テイク8をファイナル・バージョンとした。



Translated by Smokva Tokyo

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