ビートルズ伝説の幕開け、『プリーズ・プリーズ・ミー』完成までの物語

彼らは4曲のオリジナルと、短時間で仕上げられる6曲のカヴァーを選択した。「僕らは全国各地でそれらの曲を演奏していたので、馴染みがあった」と、リンゴ・スターは『アンソロジー』の中で述べている。「だからスタジオ入りしてすぐにレコーディングすることができた。マイクのセッティングも難しくなかった。各アンプの前に1本ずつと、ドラムの上に2本、ヴォーカル用に1本、バスドラムに1本を置いた」

イクイップメントのセットアップを手伝った数多いテクニシャンの中の一人に、若きテープ・オペレーターのリチャード・ランガムがいた。ライヴの時と同じようにアンプの前へマイクをセットしている最中に彼は、スピーカー・キャビネットの中に紙片が詰まっているのを見つけた。「ダンスフロアの少女たちが、ライヴ中のステージへ向かって投げたものだった」とランガムは言う。「紙には“この曲を演って”“あの曲が聴きたい”とか“私の電話番号よ”といった内容が書かれていた。たぶんバンドのメンバーは、それらをちらっと見てアンプの裏へ投げ込んでいたのだろう」

やがて、メンバーがそれぞれの武器を手にして準備が整った。マッカートニーは、特徴的なヴァイオリン型ベースの1961年製ヘフナー500/1を持ち、スターは自身のプレミア・キットの前に座った。ハリスンは愛器の1957年製グレッチ・デュオジェットと1962年製ギブソンJ-160E“ジャンボ”エレアコを選んだ。レノンはお揃いのジャンボと、1958年製リッケンバッカー325を持った。「その時すでに午前10時半か11時頃になっていたので、“さあ、楽器を持って始めよう”という感じだった」とランガムは、2013年のBBCのドキュメンタリーで証言している。60年代初めのEMIは、クリエイティヴなスペースというよりむしろ組織化した研究施設といった感じで、厳格に決められたレコーディング・スケジュールに従って運営されていた。各セッションは、厳密に時間が区切られていた。朝は午前10時から午後1時まで。90分間のランチブレイクを挟み、午後の部は午後2時半から6時。さらに90分間のディナータイムの後、夜のセッションは午後7時半から始まり、午後10時にスタジオは閉鎖された。既に朝のセッション時間が始まっていたため、バンドはすぐに取り掛かる必要があった。「彼らはただ集中して黙々と演奏した」と、エプスタインは後に友人へ語っている。

過酷な深夜のジャム・セッションや、過密スケジュールのツアーを経験してきたおかげで、彼らにはこのようなミュージック・マラソンに耐えられるだけの準備ができていた。経験を積んだメンバーが、蛍光灯に照らされたスタジオ2を、怪しげなクラブやリッチな人々の集うダンスホールへと変えようとしていた。それから10年後、レノンはバンドのデビューアルバムについて、「ハンブルクやリヴァプールの観客の前で演奏していた時のサウンドに最も近い」と率直に語っている。「観客の中でビートに合わせて踊っているようなライヴの雰囲気はないが、僕たちが“クレバー”なビートルズになる前のサウンドに近いものを体験できる」

マーティンがかつて言っていたように、「ライヴ」を意識したこのレコーディングは、必要に迫られたことによる産物で、意識的に行ったミニマリスト的なチョイスというより、バンドがウブだったために生まれたものだった。「メンバーたちは、レコーディング作業にはほとんど何も口を挟まなかった」とマーティンは後に語っている。「彼らが本格的にスタジオ技術に興味を持ち始めてから、まだ1年ほどしか経っていなかった。でも彼らは常に確実なものづくりを望んだ。だから、“ワンテイクでOK”という作業にはならなかった。メンバーはレコーディングしたものを聴き返し、納得行くまでテイク2、テイク3と繰り返した」

●ビートルズの素顔を捉えた、1965年の未発表写真ギャラリー

レコーディング・セッションは午後10時45分過ぎに終了し、ビートルズは翌日の夜には再びツアー生活へと戻っていった。この冒険的なプロジェクトにレコード・レーベルがかけた費用はわずか400ポンド。2018年現在の相場で約1万1000ドル(約120万円)だった。「当時のレーベルだったパーロフォンは多くの資金を持ち合わせていなかった」とマーティンは告白した。「当時私は、年間予算5万5000ポンドで働いていた」

バンドの1stアルバム全体のレコーディングのためのスタジオでの作業時間はわずか10時間弱。そうして1963年3月22日、『プリーズ・プリーズ・ミー』がリリースされた。数十年後ジョージ・ハリスンは、「2ndアルバムにはもっと時間をかけた」と皮肉交じりに話した。

以下、ファブ・フォーのキャリアの中でも特別な一日の出来事を、時系列を追って見ていこう。

Translated by Smokva Tokyo

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