「〜ぽさ」をめぐる実存と入稿:香山哲『ベルリンうわの空』の装丁設計で考えたこと

本にはそれぞれ最適の姿があり、その一番大枠が視覚の外で展開するサイズ感や手触り。まず考えるのは判型、つまり本のサイズです。本の定型サイズには、四六版、B6版、新書版、文庫版など神話の時代より受け継がれる規格があり、そこから逸脱することを認めてくれないバビロンの影深い出版社もあります。しかし本来、書物にはそれぞれ性格に合わせて読まれるべきシチュエーションがあり、そのための最適なサイズを考える余地があります。今回の場合は、携帯されて街中で読まれることを第一にイメージして設計を開始します。片手に収まる程よいホールド感とジャケットのポケットに差し込めるポータブル性をシミュレーション、担当編集氏が柔軟に理解を示してくれたこともあり、B6版の左右幅を13mm削った縦長の形にするということを決めました。

判型が決まると本の材料、描かれるキャンバスとなる紙の銘柄指定も具体的に見えてきます。今回は、本文オール二色刷りで印刷費が高価になるので、なるべく資材費を抑えたいというオーダーを頂いていました。大金の正しい使い方がよく分からないまま大人になってしまったタイプの器が小さいデザイナーなので、湯水のように使っていいと言われるより、村の井戸が枯れましたと真っ直ぐに言われる方が性に合っているということに最近気がついた私はえびす顔で紙見本の森に分け入ります。

本の芯となる本文用紙には、ラフな紙肌の中質紙を使用、通常使う銘柄より白色度を1ランク下げて反射を抑えます。屋外の日光下で読んでも目に優しいようにですよ、素敵でしょうこの心配り。中質紙は経年変化が早く、小口から徐々に変色するので嫌がられる場合も多いのですが、本が生物に寄る感じがして好きなんです私は。そして何より安い。

本体表紙はコシがない古紙再生紙をセレクト。クタクタ曲がって手の中で丸まり、片手でも持ちやすく、携行性をギュンと引き上げます。この紙も本来は辞書などの表紙の芯材として使われる裏方なのでそこそこ安い。

カバーには、何年か前から使いどころを見つけた時用の箱に入れて保管していた仕様を満を持して引っ張り出し、細かいストライプ状のエンボスが入った紙にグロスPP加工を指定。ビニールカバー風味のファンシーさと気持ちのいいグリップ感がプラスされます。この紙は見た目の割にそこまで高価ではなく、仕上げも最も一般的なグロスPPなので費用対効果が非常に高い。

帯には包装紙に使われる片艶クラフト紙を選んでラッピング。片艶クラフト紙にメタリックインキをのせた時に発生する乱反射光沢は格別のお菓子感を醸します。しかもこの紙もまたとても安い。

かわいい安いと連呼しながら一通りの造本設計を終え、成功の尾を掴み満足した私は茶を飲み犬を撫で「目立つところにベルリンって大きく書いてあるから大丈夫だと思います」と書き換えたメールを不意に送信、瞬間自分の不親切さを省み、二万マイルの幽谷から湧き上がった反省と共に真意を伝えるべく電話を手に取りました。

香山哲著『ベルリンうわの空』、イースト・プレスより大好評発売中です。








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『ベルリンうわの空』
香山哲
発売中
イースト・プレス

「数年前、大阪中津のインディ出版物関西最強書店シカクで香山哲氏の3Dカードセットを購入、待ち切れなかった私は東京へ戻る新幹線の車中で缶ビール片手に赤青メガネをかけ前代未聞の乗り物酔いに飲まれました。その強烈な神秘体験以来、私は香山氏のファンなんです」

森 敬太
京都府生まれ、デザイナー/アートディレクター。コミック、CDなどの装丁を多数手がけながら、2011年から自主制作漫画レーベル「ジオラマブックス」を主宰、漫画誌「ユースカ」を発行。2017年、合同会社飛ぶ教室を設立する。
Instagram : @m_o0_ri

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