本当は無実かもしれない5人の凶悪殺人犯

5つの事件は当然有罪になると見られていた――が、真相は違うと支援者たちは言う(Photo by ZUMA)



「アシッド最高、豚を殺せ」と繰り返し叫びながら侵入者は一家を襲った

・ジェフリー・マクドナルド


何十年も論争の的となったジェフリー・マクドナルド事件(Photo by AP)

いまから50年ほど前、アメリカ合衆国陸軍のグリーンベレーの軍医だったジェフリー・マクドナルドは、妊娠中の妻コレットさんと2人の幼い娘をノースカロライナ州のフォートブラッグ近郊で殺害した容疑をかけられた。1970年の軍法会議では無罪とされたが、約10年後に刑事裁判で有罪判決を受けた。彼は現在、これまでの自説を裏付ける新たな証拠に基づいて、無実を証明するべく戦っている。

マクドナルドはずっと変わらない。1970年2月に4人の侵入者――3人の男と1人の女――が、「アシッド最高、豚を殺せ」と繰り返し叫びながら一家を襲った、と彼は主張している。2人の娘はそれぞれの寝室で刺殺され、マクドナルドと妻は夫婦の寝室で発見された。ベッドのヘッドボードには血で「PIG」と書かれていた。コレットさんはアイスピックとナイフで40回近く刺されていた。マクドナルドが刺されたは肺の一カ所のみ。

刺し傷を受けていたにも関わらず、陸軍犯罪捜査官はマクドナルドの説明を信じず、1970年5月に殺人罪で起訴した。6週間にわたって行われた軍法第32条に基づく審問で、70人の証言が行われた結果、審問官を務めた陸軍大佐はマクドナルドを無罪とし、民間当局に他の容疑者を追及するよう要請した――警察の情報屋をしていた麻薬常習者のヘレナ・ステークリー(マクドナルドが供述した女の侵入者と特徴が一致していた)と、彼女の元陸軍兵士の恋人は、ともに自分たちがやったと証言したと言われている。

その後数年間、マクドナルドは普通の生活を送っていた。だが1974年、それまで協力的だった義理の父親が態度を一変し、彼がやったに違いないと刑事告訴したため、マクドナルドは殺人罪で訴追された。検察側は、マクドナルドがエスクァイア誌でマンソン・ファミリーによるシャロン・テート/ラビアンカ殺人事件の記事を読み、それらしき犯行現場をでっちあげてヒッピー集団に罪を着せようと考えたのだ、と主張した。マクドナルド本人も弁護側の証人として証言台に立ったが、反対尋問でこてんぱんに叩かれた。結局有罪判決が下され、3件の終身刑が言い渡された。

以来、マクドナルドの事件は世間の関心と論争を集めている。1983年には、ジョー・マクギニス著の実録犯罪ベストセラー『Fatal Vision(原題)』に取り上げられた。この本はマクドナルドを計算高い社会病的者として描き、TV用ミニシリーズにもなった(続いて出版されたジャネット・マルコム著の『The Journalist and the Murderer(原題)』は、マクギニスのアプローチを徹底的に覆し、報道倫理を示す決定版となった)。マクドナルドの支援者の1人、映画監督のエロール・モリス――冤罪を扱った1988年の名作ドキュメンタリー『The Thin Blue Line(原題)』の監督――は、2012年の著書『A Wilderness of Error(原題)』でこの事件を再検証した。500ページに及ぶ超大作は、証拠の大半が紛失、放置、または汚染され、あるいは説得力に欠けていたことを詳らかにした。

何十年も上訴は却下され、ごく最近では2014年にも却下された。だが2017年1月、マクドナルドは新たな証拠に基づいて連邦裁判所に上訴した。犯行現場から、家族のDNAとは一致しない3本の毛髪が見つかったのだ。さらに、裁判を担当した検察官がステークリーに証言台で偽証するよう強制した、という宣誓供述書も見つかった。身元不明のDNAはステークリー(すでに他界している)のものとも一致しなかったが、マクドナルドの弁護団は、確かに侵入者がいたことを示す証拠だと言っている。連邦上訴裁判所の判断がいつごろ出るのかはまだ分かっていない。

Translated by Akiko Kato

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