ザ・クラッシュが人種差別と闘った、1978年の「白い暴動」を振り返る

1978年4月30日、ヴィクトリア・パークのステージで演奏するザ・クラッシュ(Photo by Val Wilmer/Redferns)

音楽ドキュメンタリー映画『白い暴動』が、新型コロナウイルスの感染拡大および緊急事態宣言の発出に伴い、各動画配信サービスで配信スタート(配信期間は4月17日から5月15日まで)。同映画でもフィーチャーされた、ザ・クラッシュによる1978年のステージを振り返る。

1976年8月、イギリスのバーミンガム・オデオンのステージ上で、酔っぱらったエリック・クラプトンが不適切な発言をした。「イングランドの人口は過密状態にある、外国人は全員送り返すべきだと思う」と言ったのだ。彼はさらに、イギリスが“黒人の植民地”になる危険性があると付け加えた。

●ザ・クラッシュの演奏をYouTubeで見る

それと同じ頃、デヴィッド・ボウイが驚くべき政治的信条を語ったことで、さらに大きな騒動を巻き起こしていた。彼はプレイボーイ誌に「私はファシズムを強く信じている」と語った。「宙ぶらりんなリベラリズムの類を促進させる唯一の方法は、右翼の完全に独裁的な専制政治だ。(…)ロックスターもファシストであり、アドルフ・ヒトラーは最初のロックスターの一人だった」

ボウイのコメントもまた化学的に誘発されたもので、少なくとも部分的には皮肉を込めたものだったが、それはイギリスで人種差別主義を公然と主張する政党「ナショナル・フロント」の台頭と重なっていた。シャツにかぎ十字をつけて歩くパンク・ロッカーが次々と増えていくなか、危機感を覚えた国内の左翼系の人々は、ロック・アゲインスト・レイシズムを発足し、イギリスの不穏な新勢力と戦うことを決意した。



この草の根の政治団体は1978年4月30日、ロンドンのヴィクトリア・パークで大規模なコンサートを開催した。この時点ではまだアルバム一枚をリリースしただけにすぎないザ・クラッシュがヘッドライナーを務め、志を共有するトム・ロビンソン、スティール・パルス、ザ・ラッツなども出演した。クラッシュにとって、これが初の野外公演となった。

「反ナチの集会をやって良かったと思うよ、本当に重要なことだったから」と、クラッシュのベーシストであるポール・シムノンは当時を振り返る。「ただ、ヒッピーたちが(会場を)うろうろしながら、『ここに金を入れろ!』と言って巨大なバケツを振り回していたのはちょっと不快だったな。当時はヒッピーばかりだったから、左翼をもっとグラマラスに見せたかったんだ」

Translated by Rolling Stone Japan

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