世界保健機関(WHO)の実態に迫るーーコロナを巡る米国との関係

エボラ出血熱への対応のまずさをきっかけに、2017年にテドロスが事務局長に選出されることとなった。初のアフリカ出身の事務局長で、初めての医師以外の事務局長でもあるテドロスは、2006〜2017年まで事務局長を務めた前任者のマーガレット・チャンとは異なり、エチオピアの外務省に務めた経験のある政治的なバックグラウンドを持つ人物だ。「WHOは、国家の行動に影響を与え得るさまざまな手段を持つ唯一の組織だ」とユード教授は言う。「特定の政策の遂行を強いることはできないが、政治的な知識を有する人間が組織にいるということが重要だ。これまでは誰も公衆衛生から政治・経済を切り離すことができなかった。」

テドロスは政治的な手腕を活かして各国政府に働きかけ、各国経済のフレームワークの中で公衆衛生を扱った。「かつてのWHOは、世界の保健システムの中で他の組織とリソースを取り合っていた。しかし現在は、WHOがシステム全体を統括する立場になろうとしている」とホフマン所長(グローバル・ストラテジー・ラブ)は言う。


ジュネーブのWHO本部。2020年1月、コロナウイルス用のワクチンに関する2日間の国際会議を開催。2月、コロナウイルスの収束時期を見極めるには「時期尚早」と発表した。(Photo by Fabrice Coffrini/AFP/Getty Images)

テドロス事務局長は、コロナウイルス感染拡大中のリーダーシップを高く評価されたものの、中国への対応という重要な政治的課題の扱いで批判を招いた。西アフリカで発生したエボラ出血熱の流行とは違い、コロナウイルスは透明性の欠如と人権侵害で世界的に悪名高い超大国が発生源だった。発生の発覚から間髪を入れずにテドロス事務局長は北京を訪れた。以来テドロスはコロナウイルス感染拡大への中国の対応ぶりを絶賛しているが、実際の中国は感染発生当初のデータをごまかし、ウイルス封じ込めのために人権侵害に匹敵する極端な対策を取っている。WHOの中国寄りの態度はさらに、コロナウイルス対策が機能している数少ない国のひとつである台湾が、国連にもWHOにも加盟していないことに対する批判にまでつながった。

「まるで綱渡りだ」とジャー所長(ハーバード・グローバル・ヘルス・インスティテュート)は言う。「中国への対応方法は誰にもわからない。WHOは一定の制限の中で活動しなければならない。事務局長がもう少し毅然とした態度を取るべきだったと言うのは簡単だが、彼は本当に危うい立場にいるのだ。もしも彼が中国に対して、2019年の12月にほとんど情報開示しなかったことを非難する攻撃的な態度を取ったとしたら、中国は直ちに沈黙し、何も情報を出さないという事態になっただろう。そうなった方が世界にとって良かっただろうか? 私はそうは思わない」とジャー所長は述べた。

中国との協力関係を維持するために同国を称賛したことが、世界中に蔓延するコロナウイルス対策に関する理解につながったかもしれないが、中国による人権侵害行為を非難しなかったことは、後に引きずる問題となるだろう。「(中国の行為が)今回の感染拡大だけでなく将来的な緊急事態の際にも、国家に許される行為の新たな基準となってしまうことが心配だ」と、WHOコラボレーティング・センターの抗菌薬耐性に関するグローバルガバナンスも担当するホフマンは言う。「異常な手段を講じる中国とそれを称賛するWHOがいる。ある意味で私たちは、公衆衛生の緊急事態における人権問題に関して新たな基準の下にいるのかもしれない。」

・伝染病専門家が予測する、米国内におけるコロナウイルスの感染拡大

Translated by Smokva Tokyo

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