秋山黄色が鳴らすバンドサウンドが内省的な響きを持つ理由

秋山黄色(Courtesy of Sony Music Labels)

1996年生まれのソロアーティスト、秋山黄色が1stアルバム『From DROPOUT』をリリースした。高校生の頃からYouTubeやSoundCloudなどへ音源や映像を投稿し、ボカロシーンと共鳴しながら独自のスタイルを作り上げてきた彼について、ライターの三宅正一が考察。

初めて秋山黄色の音楽に触れたのだが、とても混沌とした、しかし最初から最後まで“ニュートラルなシニシズムやニヒリズム”に覆われたサウンドと歌が鳴り響いている。どこまでも冷めているのに、熱量が高い。あるいはその逆も然り。



穏やかではない動きを繰り返す内心に溜め込んだエモーションを外に向かって解き放つというよりも、一方ならぬ自問自答と内省を自身の中に閉じ込めたままたぎらせている、という趣が強い。最終的なアウトプットはバンドサウンドでありながら、他者とのカタルシスの共有=理解者の存在に重きを置いていない=あらかじめ強固な諦観を覚えているような感触が通底している楽曲群の音楽的な情報量の多さ、その精度の鋭さは、彼がたった一人の楽曲制作をいかに不可侵な領域として育んできたかを、特別な迫力をもってこちらに訴えかけてくる。孤独を幾重にも実感しながら、己の社会性の希薄さを誰とも分かち合えないということを音で形象化し、言葉と旋律を紡ぐことでそれが歌になり、この人間性を立体化すれば生きる理由に十二分に値する。それ以上でもそれ以下でもない状態からあふれているすごみが、秋山黄色というソロアーティストの求心力になっている。



この1stフルアルバムに冠した『From DROPOUT』というタイトル、秋山黄色自身がアートワークを手がけたジャケットに写っているデジタルコラージュによって描かれた“未来都市の外れにある郊外”のような背景と、そこにたむろしダベっている目隠しされた少年たちが発している“説得力のある閉塞感”とでも言いたくなる倒錯したムードは、秋山黄色の音楽像に付随し、それと濃密にシンクロしている。



栃木県宇都宮出身。中学生のときにTVアニメ『けいおん!』に触発されたことを契機にベースを弾くようになり、高校1年で米津玄師の1stアルバム『diorama』を聴き、また米津の出自でもあるボカロシーンに傾倒していき作詞作曲を始めたという。必然的な流れとして、インターネット上で音源を発表し、そこから注目を集めるようになり、そこからメジャーデビューまで至るというバックグラウンドは今となっては珍しくない。しかし、だからこそ、“ボカロ”や“インターネット”という記号と系譜の先行したイメージを持たれる中で際立つ音楽力と存在感を放つのは並大抵のことではない。

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